第3部<第11章>
噴水から漂う冷気が風となって体の熱を奪う。ひらひらとした服は思いのほか薄くて非機能的だ。これなら外出用のマントを羽織っていなかったとはいえ、自分の宮廷魔術師の軍服の方がどれだけましか‥‥。けれど部屋には戻れない、家にも。まだ、涙が引かないから。
「見つけた!ランカ! こんな所にいたのか」
「!」
見上げると先ほどから二、三度この屋内庭園の中を右往左往していた少年が見下ろしている。何をしているのかと思っていたが、自分の事を捜していたらしい。こんな茂みの中にいたんじゃ見つからないよな‥‥と少年はぼやいてすとん、と自分の隣に腰を下ろした。
「ソール王子もジェヴル殿も心配してるよ、ランカ。さ、帰ろう」
泣きはらした顔を逸らしてブランカはぶんぶんと首を横に振り、下を向いて落ち着く。ランカ‥‥と声をかけて少年がそっと肩に手を置いた。びくっと体を震わせてブランカはその手から逃れて遠ざかる。
「‥‥ひょっとしてまだ怒ってる? じゃあ、ソール王子を呼んでくるね」
「駄目!」
立ち上がろうとした少年の手を掴んで引き戻すと同時にブランカはそう叫んだ。誰もいない庭園に異様に声が響く。それに気付いてブランカはうろたえながら小声でもう一度呟いた。
「お兄様は駄目‥‥お父様も‥‥。お願いですから、一人にさせてください‥‥」
「手、冷たい‥‥」
「!」
「昼間握った時はあんなに温かかったのに‥‥。こんなところにいたら風邪をひくよ、ランカ」
「大丈夫ですから‥‥お戻りください、カイラ王子。尊公こそお風邪を召されます」
「私は別にいいんだ、酒の酔いを覚ましに来たんだから少し寒いくらいでちょうどいい。ランカが戻らないなら、私も戻らない」
そう言って少年はブランカの冷え切った手を両の手で包んだ。また、ブランカの目から涙が溢れる。察してカイラは確か着替えの時入れ替えたはず‥‥とポケットを探り、掴んだハンカチをブランカに差し出した。
「はい、ランカ」
「‥‥知らずにやっておられるのですか‥‥。それとももうすでに気付いて‥‥?」
「? 何が?」
「いえ、なんでもありません‥‥。私は、弱いですか?カイラ王子」
「え? ‥‥ランカは強いと思うよ。己の力で、自分の大事な人を、敵までも守ろうとしてる。いや、実際守っている。優しくて、強い人だと思う」
「私は‥‥強くない‥‥。何も変わってない‥‥。私のせいでお兄様は魔法を、魔術を失ってしまった‥‥。お父様は私をお兄様の失った力の代わりに成る様望まれた‥‥。だけど私は‥‥お兄様に守られてばかり‥‥。いつも心配そうに見守られて‥‥。私はお兄様を守っていないの‥‥。必要ないの‥‥?」
泣き崩れるブランカが危なっかしくて、カイラは思わずその肩を支え、抱き寄せた。傷付いていたのはソールに結婚を勧められた事自体ではない。それが、ソールにとって自分が必要ないのだと思ったから‥‥だったのか。
「違う、と思うよ、ランカ」
「え?」
「ソール王子はランカが大事だから、私の、ラング・リ・ストゥ王家の嫁に、なんて言いだしたんだと思うよ」
「大事なら‥‥どうして!!」
「今でこそ、クィーンネクタリアによって奪われてるけどラング・リ・ストゥは平和だから。三方は海で、唯一国境を接するコリーダとの関係も良好だし、際立って敵もない。けどトグルは大国で、三方を他の国に囲まれてる。敵はないと言えばないけど、これだけの大国、いつ何が起こるかも分からない。ソール王子が即位すればそれだけ、ランカの危険も増すって事だよ。ランカを傷付けたくないんじゃないかな、ソール王子」
「‥‥お兄様が危険な目に合えば、遠くで見ている方が傷付きます。それに‥‥それはお兄様が私を頼りにしていない証拠でしょう?」
「頼りにしてないのとは違うよ。頼りにしてないならランカ一人、私達に付き合わせたりはしない。兄が必要以上に妹を心配しちゃうのって仕方ないと思うよ。リルスの事は、正直私にはまだ分からないけど、フィリーンとソール王子って良く似てるから‥‥。いつまで経っても子供扱いしてさ‥‥。まぁ心配してくれてる事が、嬉しくもあるんだけどね‥‥」
カイラが苦笑しながら言うとその横顔を見ていたブランカの頭が俯く。いや、頷いたのだとカイラは思った。ソールも同じだと‥‥気付いたのかもしれない。ふっと微笑してカイラはブランカの肩に手を置き、立ち上がった。カイラ王子‥‥とブランカの視線が上がる。
「ソール王子、呼んでくるね」
「でも‥‥」
「もう駄目だとか言うのはなしだよ? 家出した妹を連れ帰るのは、兄の役目だろ?」
――家出した弟を連れ帰るのは、兄の役目だろう? 帰るぞ、カイラ――
「そこにいてよ! また捜すのは大変だから!!」
駆け出しながら言うとブランカはまた顔を俯むかせた。けれどそれが肯定である事も、カイラには分かった。安堵して、ソールを迎えるべく先ほどの部屋に向かって走り続ける。
「そう言えば‥‥」
カイラが部屋を出て行って小一刻は経ったと思う。三人はソール専用の客室で足の細い小テーブルを囲んで飲み続けたままだ。たわいない話が途切れた時、思い出したようにパルスナがそう呟いた。フィリーンは戻らないカイラの事をふっと思ったばかりだったのでパルスナの話もそうだろうと無防備に顔をそちらに向けた。
「ファディ殿の事、お好きだったんですね、フィリーン」
予想外の言葉をあまりに無防備な状態で喰らってフィリーンは飲んでいた酒を吹きだしかけ、慌てて飲み込もうとしてむせ返る。おや、違ったんですか? とパルスナが笑い、ソールもにやっと含み笑いを浮かべる。
「な、なんだ?‥‥いきなり‥‥」
「おうおう、照れとる照れとる。初恋の君を救えなかった上に将来結婚の約束までした姫君まで死なせてしまって‥‥随分落ち込んでたよな♪十年前」
「話を作るな!! なんで急に?パルスナ‥‥」
「落ち込みようが普通じゃありませんでしたから。カイラと居るせいか他人に感情が漏れていないと思っているようですけど、ファディ殿の事に関しては初恋に戸惑ってる少年のようで分かりやすかったですよ」
「うっ‥‥」
「本当は両思いだったのにな、お前ら。あの頃は二人共シャイで、見てて微笑ましい光景だった‥‥。なのに今はすっかり女泣かせに成長して‥‥」
「ソール王子! カイラの次は俺が標的か?」
「ははは! リルス王女をそういう風に思ってないなら攫ってしまおうかという下心有りのな♪」
「‥‥。リルスは‥‥あの時の約束にしてもそうだが、今でも妹以上には思っていない。カイラと同じ、大事な妹だよ。まぁ一緒に居なかった十年間がなければ、あるいはもっと成長してから再会していればまた違ったかもしれないが‥‥。あの時の約束を今でも真剣に信じてるなんて‥‥正直困ってる」
「だからお前は女泣かせだって言われるんだよ。子供、子供って言うがな、十六にもなれば微妙なお年頃なんだぞ? お前にも覚えがあるだろ」
「今まで独身を通してきたのはリルス王女のためじゃなかったのですね。ファディ殿のためですか?」
「! 独身(で居るのは二人のせいじゃない。ただ‥‥迷ってるんだ、このまま‥‥」
――ストゥ・マイニアヌの滅びた王家の血を残す事を‥‥――
「失礼します!ソール王子」
「おや、お帰りカイラ王子」
「ランカ、見つけましたよ。迎えに行ってあげてください」
「そうか、ありがとう。何処にいた?」
「屋内庭園の茂みの中に隠れてました」
「‥‥また新たな隠れ場発見だな‥‥。何だってそんな所に‥‥」
カイラに呆れ顔を向けながらそれでもソールはさっさと席を立った。はずすな、と二人に声をかける様は落ち着き払って見えたが、それでも少しそわそわしている様子が見て取れてなんだかカイラは微笑ましく思ってしまった。そちらに気を取られて自分の出現に焦っているフィリーンには、とうとうカイラは気付かなかった。
「あ、体が冷え切ってたので上着を持って行ってあげた方が‥‥。そうだ、それと‥‥例の結婚話、ランカ誤解してましたよ。自分が頼りないから、必要じゃないからそんな事言うんじゃないかって」
「おやおや、いけませんね、ソール王子」
「やっぱり尊公が原因じゃないか」
「うるさいぞ‥‥外野‥‥。ご面倒かけて申し訳ないな、カイラ王子。ありがとう」
珍しくブランカに見せるのに似た普通の笑みを向けられ、カイラは一瞬躊躇いながらもいえ、と上ずった声を返した。そんなカイラの動揺を知ってか知らずか、ソールはさっさと部屋を出て行ってしまったが。
「ところでさ‥‥リルスこの部屋来てたの?」
「いや? 何故?」
「私が入ってくる前に、廊下を走って行くのを見かけたんだけど‥‥。別の部屋に来てたのかな?」
「まさか‥‥聞いてたのか?‥‥」
何を? と問い掛けるがフィリーンはいや、とわずかに首を振る。ろくに話を聞いていない時の生返事だ。何を? と今度はパルスナを振り返るがその口から出たのは別の言葉。
「カイラ、ブランカ殿を見つけた事、シアル達には?」
「ううん、まだ言ってない。じゃあ言ってくるね。リルスが居ないようなら戻ってくるよ」
「お願いします」
にっこりと微笑みを返すパルスナは結局答えを返してはくれなかった。まぁ大して気にするような事でもないのだろうとカイラは再び廊下に出た。赤い絨毯の敷かれた廊下は小走りしても周囲に音は漏れない。ましてこの塔全体がソールの私物となっているらしいので他人に迷惑をかける心配がない。階段を上がり、一つ二つと部屋を数えて三つ目の扉をカイラはノックした。はい、と返って来る返事はシアルのもの。
「どうぞ」
「シアル‥‥起こした?」
「ううん、さっきまでリルスと話してたもん」
「リルスは? 居ないの?」
「? ブランカが見つかったかどうか聞いて来るって出てったのよ? そっちの部屋に来てない?」
「じゃああれはやっぱりリルスか‥‥」
ソールに借りたドレスは夜着に変わっていて結っていた髪も下ろしていた。けれどあの後姿、あの髪の色は他にはそうそう居ないだろう‥‥。
「あ、ランカは見つけたよ。ソール王子が迎えに行った。ちょっと誤解があってさ、拗ねてただけ。って‥‥今度はリルスが居ないのか‥‥。フィリーン達の所にはいなかったよ。部屋から去っていくのを私が見ただけ。フィリーンが『聞いてたのか?』って言って黙り込んじゃったけど‥‥」
「何かいけない事を聞いてしまったリルスちゃんはショックのあまりご逃亡‥‥って展開かも」
「まさか。‥‥」
「‥‥」
「大いにありうるね‥‥リルスなら」
リルスの起伏の激しい性格を思い出してカイラはしみじみ呟いた。うん、と深々頷くシアルも同様の事を思ったのだろう。つまりあれは操られていたとかいう問題ではなく、カイラよりはリルスと打ち解けているシアルでも頷くほど、地に近い物なのだろう。
「仮面(、呼んで来て。私一緒に探してくるわ」
「あ、シアルは此処にいて。ちょっと何処かに行ってるだけですぐ戻ってくるかもしれないし。それに‥‥その夜着で出歩いたら風邪引くと思うよ。廊下でも結構寒いから」
「それもそうね。ちゃんと見つけてあげてね、お兄ちゃん」
「‥‥うん」
――皆今日は私を寝かせない気なんだろうか‥‥。次から次へと‥‥――
心の中で悪態をつきながらカイラは身を翻して部屋を出た。フィリーンに知らせるかどうかは少し迷ったが、原因がフィリーンの言葉だったらそうはしない方がいいだろう、とその部屋は通り過ぎてまた廊下を駆けて行く。
建物の中だというのに吐く息は白い。確か夕食時にソールが外では雪が降り始めたような事を言っていた。それも見たいかな、と少し思ったが防寒のためか廊下に窓はない。大体、今の自分の目的はそれではないのだ。
「迷っちゃった‥‥かも‥‥。此処何処‥‥?」
――フィリーン‥‥――
その名が口から出かけて、足を止めて激しく首を振る。そしてその言葉を置き去りにするかのように大股にまた一歩、歩き出す。
「フィリーンなんて知らない! 嘘付き!」
――嬉しかったのに、お嫁にしてくれるって言った時――
『絶対よ? 約束だからね! 絶対にリルスをお嫁に貰ってね!』
『分かったからリルス。約束するから下りてきなさい。危ないから』
『本当に約束してくれなきゃ嫌!』
『分かったよ‥‥。‥‥大きくなったらリルスと結婚する。リルスを嫁に貰うよ』
『本当ね! じゃあ約束!』
――十年間ずっと信じてたのに‥‥嘘付き‥‥。ファディもフィリーンの事好きだったなんて、リルス全然知らなかったよ‥‥。
「フィリーンの馬鹿!! 迎えにくらい来なさいよぉ‥‥」
無理な注文だとは分かっているが‥‥。記憶にあるかくれんぼの鬼はいつもフィリーンだった。自分の隠れ場を見つけて、手を差し伸べてくれるのは。だから、自分が今最初に出会うのはフィリーンじゃなきゃいけない。
「あ! いたいた、やっぱりリルスだ。夜中に大声出したら駄目だろ、こっちの塔には城勤めの人達が眠ってるんだから」
「!! 何でカイラが来るのよ!馬鹿!」
「!」
迎えに来たというのに、いきなり馬鹿呼ばわりさせてさすがにカイラもむっとする。けれど言い返す気はすぐに失せた。ブランカとは対照的にリルスは涙を隠そうともしない。涙目で怒っている様は何処かおかしくて、可哀相だった。
「あっ‥‥」
「‥‥分かった、おやすみ」
「あ‥‥」
わざと素っ気無い口調で言ってカイラは身を翻した。この辺に居た事をフィリーンに告げれば、ブランカを迎えに行ったソールのように飛んでくるだろう。自分が慰めた所で帰って逆効果になる事は間違いない。歩き出すと後ろで足音がして――こちらはソールの塔ほど絨毯が厚くないらしい――その背中をぎゅっとリルスに掴まれる。
「った! フィリーンに来て欲しかったんだろ? 呼んで来るから此処にいな」
「駄目! フィリーンに教えちゃ駄目なの!」
「‥‥じゃあどうして欲しいのさ‥‥。言ってくれなきゃ、私はフィリーンじゃないんだから分からないよ?」
「ファディに、会いたい‥‥」
「‥‥ファディは‥‥」
「分かってる! 分かってるもん‥‥。でもファディに会いたいの!」
――遺体でも、いいって事か――
察してカイラは嘆息し、リルスの手を掴んだ。びくっと一瞬リルスの手が逃れようとする。けれどはぐれるとまた面倒な事になるので離れない程度にきつく握り返し、カイラは歩き出した。親鳥に続くひよこのようによたよたとおぼつかない足取りで後ろのリルスも歩き出す。
「私だってトグルは初めてなんだから、見つからなかったら大人しくフィリーンに聞きに戻るよ?」
「‥‥うん‥‥」
先ほどそれかな? と見当をつけた場所は此処からそう遠くない。一階へと階段を下り、先ほど見かけた扉へ向かって歩いていると、すっと向かっていた角から男が曲がってくる。カイラが気付いて一瞬足を止め、気付いた男もおや、と言う顔をして歩み寄って来る。宮廷魔術師(の長、ジェヴルだ。
「カイラ王子、酔い覚ましのお散歩ですか?」
「リルスが、ファディに会いたいと言うもので‥‥」
「そうですか。安置所はその扉を出て、石畳伝いに行った建物の中ですよ。雪がまた積もり始めたので足元にお気をつけて」
「ありがとうございます。ジェヴル殿はランカをお捜しに?」
「!‥‥。いえ、私は今夜は城内の見回りの番ですので。失礼致します」
「ランカ!見つかりましたよ! ソール王子が迎えに行きました! 屋内庭園です」
歩き出したジェヴルは振り返ってにこりと笑みを向け、そのまま先程と変わらぬ歩調で屋内庭園に行くには遠回りな方へ歩いて行く。心配してなかったわけじゃないよな‥‥と思いながらカイラはリルスの手を引いたまま扉を押し、屋外に出た。
「!」
風と共に冷たい氷の粒が飛んでくる。リルスを振り返ると夜着の上に羽織った薄い上着を引き寄せてカイラと同じように寒さに体を縮めていた。リルスを雪から庇うように傍らに寄り添い、カイラはジェヴルに言われたように石畳伝いに白い、円柱を半分に切って寝かせたような形の建物に向かって歩いた。そこは王墓になっているのだろう。扉を開けて中に入っても外と気温は変わらない。風が無い分だけましではあるが。中に入ると正面と右に扉。その右の扉が半開きになっていて蝋燭の光が漏れている。リルスはカイラの手を離して迷わずそちらに駆け出す。死者を導くために灯された火の中、ファディとジーマは静かに横たえられていた。そのファディの方に、リルスは駆け寄ってしゃがみ込む。
「フィリーンの嘘付き!! ファディの馬鹿!!」
「! リルス‥‥」
「いいでしょ! 此処なら寝てるのは二人だけだもん! 大声出したって、もう起きないんだから‥‥。ファディの馬鹿‥‥。フィリーンの事好きだったなら好きって言えば良かったのよ! フィリーンもフィリーンよ! ファディの事好きだったのに‥‥なんでリルスと結婚してくれるなんて言ったの!? 嘘付き!!」
「‥‥リルスが一方的に言ってたんじゃなくてフィリーンもちゃんと結婚するって言ったんだ‥‥」
「そうよ!? 悪い!? 約束したんだもん‥‥。ちゃんとリルスの事お嫁にしてくれるって」
「ご、ごめんリルス‥‥。でもそれって‥‥妹が兄に好きって言う表現の一つだと思ったんじゃないのか‥‥?」
ぼそぼそ、とカイラは呟くが狭い部屋の中、しかもリルスとの距離はさほど空いていない。独り言になりきらずリルスの耳まで届いたその言葉は、リルスを俯かせるには十分だった。
「そうよ‥‥。フィリーン言ってたもん‥‥。リルスの事妹としか思ってないって‥‥。リルスがあの約束、今でも本気にしてるから困ってるって‥‥」
「あっ‥‥ごめんリルス。そういうつもりじゃ‥‥」
「リルスなんか‥‥。リルス‥‥絶対ラング・リ・ストゥ一の美人になってフィリーンなんか振ってどっかの王子サマと結婚してやるんだから!!」
「そう‥‥がんばって‥‥(女の子って怖いかも‥‥)」
「馬鹿にしてるでしょ!? どうせリルスなんか‥‥一生不細工なままなんだから! 一生かかったって‥‥ファディには勝てないよ‥‥」
ふぇーんと泣き出すリルスはやはり顔を伏せることはしない。涙を拭く事もなく手はただ膝の上に置いたままで泣いている。その姿はとても自分と同じ年には思えない、もっと幼い少女のようだった。ふっと、自然に笑みが浮かんでカイラはリルスの前に膝を折った。ポケットの中を探るが目的の物は、今もきっとブランカの手の中だ。そうだった、と自分の人差し指を折ってカイラはリルスの頬の涙を拭ってやる。
「心配しなくても、リルスは今でも十分可愛いよ。絶対美人になる」
「気休めなんていらないわよ!」
「気休めじゃない。リルスはラング・リ・ストゥ一の美妃の娘なんだから、絶対綺麗になる」
ぽすっと頭に片手を置いて撫でてやるとリルスの首が少し俯いた。けれど嫌ではないらしく逃げる事はしない。カイラも、ふわふわした髪の感触がやけに愛しくて撫で続けた。
「ごめん、なさい‥‥カイラ」
「え?」
「いっぱいひどい事言って、いっぱいひどい事したの。なのにリルス謝ってない。なのに、カイラはリルスの事迎えに来てくれた‥‥」
「‥‥別に、怒ってないよ。リルスは間違った事を教え込まれてて、全部リルスが悪いんじゃないって私は知ってるから」
「でも! カイラ迎えに来てくれたのに、リルスが言った事はリルスが悪いのよ。だからごめんなさい。それから、ありがと‥‥。ってシアルが言ったのよ!? ちゃんと謝らなきゃ駄目だって! カイラは優しいから謝らなくても許してくれるかもしれないけど、でもずっと言わなかったら怒っちゃうから、誰にでも謝りなさいって‥‥。だから、別にあの‥‥」
うん、と言って上がったリルスの頭を再び撫でる。言いたい事は分かったから大丈夫だよ、と言う思いも込めて。別に仲直りじゃないんだから‥‥とそれでも意地っぱりに続きを言ってリルスは顔を俯かせる。素直じゃない‥‥いや、ある意味でとても素直なのかもしれない。
「頑張ってね。リルスならきっと、いい王子様捕まえられるよ」
「‥‥カイラこそ‥‥ブランカ、リルスより年下なのにもうあんなに綺麗なんだから! ちゃんと捕まえないと連れ帰れないわよ!」
「え!? や‥‥あれは! ソール王子の冗談だよ! 帰るよ!リルス! シアルが心配してるから‥‥。私もそろそろ寝たいんだ!」
「俺としては本気だと言ってるのに、つれないな、カイラ王子」
「‥‥うわぁ〜〜〜!!」
「何だ? 幽霊に会ったみたいな声を出して‥‥」
場所が場所だけにありうるがそっちの方がましだったかもしれない。ぽんっと肩を叩かれてカイラは振り返る事無く叫んだ。その反応にご立腹しながら見下ろしているのは、やはりソールだ。
「ランカを迎えに行ったんでしょう‥‥どうして‥‥」
「ああ、ランカはジェヴルと家に帰った。ジェヴルがカイラ王子と小さい姫君がこちらに居ると言っていたのでお迎えに♪」
――うわっ‥‥ソール王子が来ないうちに部屋に逃げようと思ってたのに‥‥。寝かせてもらえないかも‥‥――
「ランカがありがとう、と」
「いえ‥‥とんでもない」
「‥‥いい加減気付いてる?」
「はい? 何をですか?」
「やっぱり気付いてないか。その天然具合も可愛らしいのだがなぁ、うーん。やっぱりランカの一方通行か? 可哀相に‥‥」
一人でぶつぶつとソールは呟き始める。何に気付いて何が一方通行なのだ? と問うたところでソールはまるっきり聞いていない。しかし不意に我に返ったように自分の上着を脱いでふわっとリルスの肩にかけてやる。
「こんな格好で、風邪を引かれるぞ、小さい姫君」
「あ、ありがとう、ソール王子」
「フィリーンを振るつもりなら、俺の事も真剣に考えてもらいたいな、小さい姫君♪。フィリーンの馬鹿よりも何倍も大事にするぞ♪」
――うわっ‥‥ソール王子と義兄弟なんて思う壺? っていうかどの辺から聞いてたんだこの人‥‥――
カイラの不安をよそにソールはリルスの肩に手を置いてさっさと安置所を出いている。慌てて追いかけてカイラも再び外に出た。外は先ほどの風は止み、雪も小休止している。外の嵐も中の嵐と同じようにおさまってくれたらしい‥‥。
10章へ/12章へ