
第4部<第12章>
朝食と小休止の後、ソールはカイラ達をすっかり雪の止んだ外庭へと案内した。足首ほどまで積もった雪の中、ソールの後について歩いて行くと屋根のない、柱のみの神殿のような物が見えてくる。あれは簡易な儀式を行うための祭殿だ、とソールが歩きながら教えてくれた。その祭殿の上には男が一人、宮廷魔術師 の軍服に紋章入りのマントを羽織った男、ジェヴルだ。そのジェヴルが長い木の杖を使って雪の上に何かを描いている。それに気付いたリルスが歓声を上げて駆け寄っていく。
「すごい! 転送の魔術ね!? 一人でこんな魔術使えるの!?」
「おや、これが魔術と分かるとは、アヌマーン王女も魔術師 でしたか」(
「うん、まだ魔具師 だけど将来そうなる予定。さすがブランカのお父様ね‥‥。いいなぁ、ブランカ。私も教わりたい‥‥」(
「落ち着かれたらまたおいで下さい。いつでもご教授させて頂きますよ。もうトグルには転移できるでしょう?」
「ほんと!? うん!絶対来る!! よろしくね!」
はしゃぐリルスの姿を意外と勉強熱心なんだなぁと見守っているとシアルの視線が頬に注がれる。気付いて振り返った先ではシアルが微笑していた。『うまくやったのね?お兄ちゃん』そう言っているらしく、カイラはくすぐったそうに少し苦笑した。
「準備の方は整いました、殿下」
「ああ。ランカは見送りできぬが、気をつけてな。見事ラング・リ・ストゥを取り戻して、今度は正式にトグルを訪問してくれよ」
「はい、いろいろありがとうございました。ソール王子、ジェヴル殿」
「お気をつけて。ラング・リ・ストゥまでお送り致します。魔方陣の中へお入りください」
「はい」
「お待ちくださいませ!カイラ王子」
声に気付いて振り返るとブランカがいつも白い頬を真っ赤にさせて走って来る。ちょっと待ってて、とフィリーン達に声をかけ、カイラは祭殿を駆け下りた。昨日のせいで風邪を引いたとソールが言っていたが、駆け寄ってくるブランカはとても熱が下がっているようには見えない。
「ランカ‥‥。無理しないで良かったのに‥‥。ラング・リ・ストゥを取り戻したらまたお礼に来るつもりだったんだ。熱‥‥」
「ブランカ! 家で寝ているように言っただろう? カイラ王子達のご迷惑になるからと‥‥」
「申し訳ありません! どうしても、これをお返ししたくて‥‥」
「昨日のハンカチ? 別に、今じゃなくても良かったのに‥‥」
ふるふる、とブランカは真っ赤な顔を横に振った。熱のせいか少し潤んだ目が、今でなければ駄目だと言わんばかりだ。カイラはにこっと笑ってそれを受け取り、ありがとう、と声をかけて身を翻す。
「昨日は、どうもありがとうございました。ご武運を‥‥カイラ王子」
「うん、ありがとうランカ。また来るよ」
「では今度こそお送り致します。お気をつけて」
カイラが魔方陣の輪に入ると外円が魔力の光を放ち、一瞬のうちにカイラ達と魔方陣を掻き消す。それを見送るとブランカの体がふらっと後ろに仰け反る。あわててジェヴルとソールがその体を支え、ジェヴルがブランカの額に手を当てた。
「朝よりも上がってるじゃないか!ブランカ!」
「ごめんなさい、お父様‥‥いえ、父上」
「‥‥お父様で良い。殿下、ブランカを家に送って参りますので一時失礼を」
「下手に動かすよりも城の方が良いだろう。なに、母上の看病ですぐに治るさ」
「しかし王妃にそのような事!」
「たまには母親らしい事させてやってくれよ。ただでさえ俺は病気知らずなんだ。遠慮する事はない。他ならぬ、実の母なんだからな」
ジェヴルの手からブランカを奪い取ってソールはそのまま歩き出す。後ろからジェヴルが、そして腕の中のブランカが力なく兄を諌める。しかし、いつもの覇気がないその姿では兄の行動を止める事は出来なかった。
光の中を抜けると、五人は出し抜けに道の真ん中に立っていた。トグルの白一色に包まれた世界とは違う。茶色く乾いた土の両サイドにはまだ青々と茂った草が生えている。何もない、ラング・リ・ストゥのはずれ。けれど確かに見覚えがあった。
「ラング・リ・ストゥだ‥‥。帰って来たね」
「そうだな‥‥。出た時は三人だったのに、いつの間にか大人数だな」
「いいじゃない♪その方が楽しくて♪。ところでカーイラ♪。ブランカに何貰ったの?」
「貰ったんじゃないよ。昨日貸したハンカチを返してもらっただけ‥‥。あれ? これ私のじゃない」
「わぁ♪じゃあブランカの?♪。‥‥でもなさそうね‥‥女の子のハンカチじゃないわ。それに、小さくない?」
「うん‥‥。あ。何か挟まってる」
ハンカチの中の異様なふくらみに気付いてカイラはおもむろにそれを広げた。白一色、いや生成りに銀糸で鳥と思しき刺繍が入っているハンカチを広げると中から一枚の手鏡がカイラの手の中に滑り落ちてきた。金に、多少飾りの入った縁の小さな手鏡だ。女性用にしては少し味気ない気がするが、カイラにはそれを渡される理由が思いつかない。
「‥‥間違え、たのかな‥‥?」
「貸して。‥‥やっぱり。これ魔具 よ、カイラ。この魔法力の感じ、多分ブランカが作ったんだと思うわ」(
「でも、ランカは魔具師 だと言っていたよ?」(
「魔術師 の称号を得るためにはいろんな試練にパスしないと駄目なの。( 魔具 を作れるようになるのもその一つ。だから( 魔具師 だからってまったく( 魔具 が作れないわけじゃないのよ。何の( 魔具 だろう?これ。鏡には魔よけの効果とかあるからそれ系列のお守りかしら?」(
「おい、魔具 うんぬんは言いが、とりあえずマザスムの屋敷まで戻るぞ。‥‥あれ‥‥? そのハンカチは‥‥」(
「何か覚えある? フィリーン」
「‥‥。忘れた。そのうち思い出すだろ、行くぞ」
くるっと身を翻し、フィリーンはファディの遺体を抱えたままさっさと歩き出す。ジーマの遺体を手に、肩にはシアルを乗せた仮面 がそれに続き、カイラとリルスは慌ててそれを追いかけた。(
――フィリーンに覚えがあるって事はこのハンカチはやはり私のだろうか‥‥。でも、何故ランカが私も覚えていないほど昔のハンカチを‥‥? いや、ソール王子のかもしれないな。きっと、間違えたんだろう‥‥――
「王ー子!!」
「!」
不意に聞き覚えのある声がしてフィリーンは前方を見やった。一台の馬車が彼らに向かって走ってくる。見覚えのある紋章は将軍家の物。そして御者台に乗っているのはラヤフだ。
「お迎えに参りやしたぜ。ご無事で何よりっす、王子、カイラ王子」
「ラヤフ! どうして私達が戻ってくると? 転移魔術で帰ってきたのに」
「フィディア殿っすよ。アビス・プクト神殿からわざわざマザスム将軍の所に見えられて王子達がお戻りになると。さ、乗って下せぇ。歩きじゃ結構辛いですぜ」
「あ、ああ‥‥」
「ラヤフ、隣に乗っても構わない?」
「もの好きっすね〜カイラ王子も。どうぞ。手、貸しやしょうか?」
ラヤフの申し出を断ってカイラは御者台に飛び乗った。リルスが自分も乗りたそうに見ていたが、シアルとフィリーンにそのスカートじゃ無理だろうと諭されて馬車に乗り込む。残りの全員が乗り込むのを確認するとラヤフは馬を駆った。出ていく時に通ったのと同じ、コリーダへ続くわりと整備された道だ。たった一度通っただけなのに懐かしい‥‥。
「町は、無事?」
「ええ。幸い、町の衛兵達は無事やしたからね。マザスム将軍もやりやすかったはずっすよ。城下町の人間は避難させやした。クィーンネクタリアとか言う女、城から出る様子も操った兵士で町を攻め込ませる事もしないんすよ。篭城でもするつもりなんすかね?」
「何か待っているのかもしれない。怖いな‥‥」
「珍しいっすね、カイラ王子がそんな弱音を‥‥」
「‥‥何も聞かないの?ラヤフ。フィリーンと仮面 の抱えてた遺体の事、それに‥‥私といた‥‥」(
「‥‥リルス王女っすか?」
あっさりとラヤフが返すとカイラは少々驚きながらもこくんと頷いた。仮面 でさえ二人の相似に気付いたのだ。二人の幼少時代を知るラヤフが気付かぬわけがない。そうっすか‥‥とラヤフが脈絡もなく言葉を漏らした。(
「俺は質問したがるだろう、しかし王子はとても返答できるような状態じゃない。だから代わりに御者台に乗ってくれたんすか、カイラ王子」
「え‥‥? 何でそこまで分かったの?」
「ははっ、お二人とは長い付き合いっすよ? お心遣い感謝しやす、カイラ王子。でもまぁ、大体の事情は知ってるんすよ、俺達も。フィディア殿のおかげでファディとジーマの死、それにリルス王女が戻って来てる事くらいは」
「そっか‥‥。フィディア殿、星見の巫女だっけ。あ、それにね、私はラヤフにお礼が言いたかったんだ」
「礼? なんすか?突然」
「フィリーンと戦う事になっちゃってさ‥‥。あ、もちろんフィリーンは本気じゃなくて、操られてたんだけど‥‥。当然剣じゃ敵わないだろ? どうしようって時にラヤフの言葉を思い出して思いっきり蹴り飛ばしたんだ、フィリーンの事。それで命拾いしたよ」
笑いながらやっと一勝っすか? とラヤフが問うがソールの仲裁が入ったので引き分けだろう。それも告げると残念‥‥とラヤフはまた笑う。
「笑い事じゃないよ。ソール王子が居なかったら間違いなく死んでたよ?私は」
「いやぁ、でも‥‥つくづく強運の星をお持ちっすね、カイラ王子も」
「? やけにフィディア殿みたいな事言うね?ラヤフ」
「ありゃ‥‥フィディア殿のお説教聞き過ぎたっすかね?」
「‥‥ごめんね。ファディの事、助けられなくって‥‥」
「‥‥カイラ王子のせいじゃないっすよ、そういう女っす、ファディは。不器用で、自分勝手で思い込みが激しい‥‥。最後に自分なりの償いが出来たんだ、満足して眠ってやすよ‥‥」
そう言って笑うラヤフの横顔は何処か疲れがにじみ出ていて、何処か寂しげだった。フィリーンさえその遺体の前で涙を見せたのだ。ラヤフも同じ痛みに耐えているのだろう。けれどそれを見せないのは意地なのか、それとも自分が年長故の遠慮なのか‥‥。
「リルアーヌ様!」
不意に名を呼ばれ、カイラは顔を上げた。懐かしいマザスムの屋敷。その前でマザスム家族、クォレル、ディヌン、そしてフィディアがカイラ達を出迎えてくれていた。思わずカイラは止まらぬうちに馬車を飛び降り、皆に向かって駆け出した。
「ただいま!皆。わざわざお出迎えありがとうございます、フィディア殿」
「ご無事なお姿に安心致しましたわ、リルアーヌ様。お預かりしていたクラムも、首をな長くして待っていましたのよ?」
「クォン!!」
「クラム! ただいま、クラム。やめろよ、くすぐったい!」
フィディアの腕を飛び出したクラムが肩に飛びついて頬擦りしてくる。その体を捕まえて片手で撫でてやっていると、馬車からリルスが飛び出してきてカイラの腕の中のクラムを見て後ず去る。驚かされた事を根に持っているのかと思ったが、それ何? とおそるおそる歩み寄ってくるので覚えていないのだろう。リルスにクラムを紹介していると、ジーマの遺体を腕に、シアルを肩に乗せたまま仮面 、最後にファディを抱えたフィリーンが馬車を降りてくる。(
「長らく留守にして悪かったな」
「いろいろ寄り道していらしたようですものね?」
「そう仕向けた奴が言うか?フィディア。町の者達は無事か?」
「はっ、滞りなく避難させました」
「ついでに秘密兵器を準備中ですよ♪、フィリーン様、カイラ様。明日にでも完成させます。ご挨拶もままならず、申し訳ありませんが準備がありますので失礼を」
そう言ってクォレルはさっさと中に退散していく。何をやってるんだ?あいつは‥‥とフィリーンが不審げな視線をマザスムに向けるが、おいおい説明致します、とマザスムが中に誘う。後に続こうとカイラはぐっと腕を掴む手に気付く。振り返るとリルスが心配そうにカイラの顔を見つめていた。
「大丈夫だよ、リルス。中で皆の事は紹介するね」
「仮面の兄さん、ジーマは俺が預かるぜ。さすがに屋敷の中までお嬢ちゃん肩車は辛いだろ?」
「あ、そうだった。さすがに天井にぶつかるわよね。ありがと♪ラヤフだっけ?」
「おや、覚えていて頂けたとは光栄っすね。リルス王女にも、以後お見知りおきを♪」
「!」
「リルス、ラヤフだよ。昔からフィリーンと一番仲が良かった‥‥。覚えてる?」
何となく、とまだ不安を含んだ声が返って来る。何となく覚えているだけに余計違和感を覚えるのだろう。さぁ、と励ますようにリルスを促し、カイラは歩き出した。少し出遅れるリルスの頭をくしゃっと撫でて大丈夫、とシアルも微笑みかけてくれた。会議室に選ばれたのは広めの客間。フィディアとマザスム将軍だけを残し、ラヤフとディヌンはそれぞれジーマとファディの遺体を受け取って部屋を辞し、マザスム夫人は二人の息子を自室に連れて行った。カイラはゆったりした一人がけのソファを勧められ、フィリーンも同じくその隣に、リルスはシアル達と共に三人がけのソファに座った。リルスが座るのを見計らってクラムがカイラの肩を降り、リルスとシアルの間に潜り込む。リルスを元気付けているのか、ただ単に女の子が良かったのか微妙な所だ。
「そちらの事情はジュクス殿とシクル王子から大体お聞きしましたわ。まずこちらの状況からご説明させて頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ、ぜひともそうしてくれ。マザスム」
「はい。城下町に住む市民は先ほども申しました通り無事避難させました。今は町に残っていた衛兵達を中心に城を囲み、見張らせていますが、クィーンネクタリアに目立った動きはありません」
「‥‥リルス、クィーンネクタリアの狙いはこの国ではないのか? なら何故王も兵も握った状態で何も仕掛けて来ない?」
「え? リルス難しい事は聞いてないけど‥‥。とにかくリルス達が言われたのはその‥‥カイラを殺して‥‥フィリーンを連れ帰れって事だけ‥‥。その間クィーンネクタリアがどうするかは聞いてない」
なんだそれは‥‥とフィリーンが顔をしかめ、暗に役ただずな‥‥とリルスに言う。それに気付いてかフィリーンの言い様に対してかリルスがむっと口を開きかけるがカイラが視線で、そしてシアルが肩を叩いて宥める。
「そんな事に何の意味が‥‥」
「本当に分かりませぬか?フィリーン様。尊公様になら、その状況に置かれた民の心情が分かりましょう? ラング王の生死に関わらず、もしカイラ王子がお亡くなりになり、尊公様が残られれば、民は迷う事無く尊公様につきましょう。先の戦で王を失い、強制的に新王に統治された記憶の新しい民には戦よりも効率的な戦術ですぞ?」
「! マザスム!」
「フィリーン、私は構わないよ。マザスムの言う通りだ。民が望むのは父上や私のような新参者じゃない。闘神カイザー王の血を引く君だ」
「そう早決されても困りますぞ、リルアーヌ様、フィリーン様も。確かに、失礼ながら民もストゥ・マイニアヌよりお仕えした我々もラング王に真意の忠誠は抱いておりません。けれど尊公様は違います。確かに未だフィリーン様を立てようとする愚か者もおります。しかし、時は流れるものです。古き良き王家もいずれは滅び、新しい王家が起ちます。尊公様方はその理想の形ですぞ。古き王家と新しい王家が互いの手を取り支えあっている。民はリルアーヌ様とフィリーン様、お二人が在る事を願っております」
「尊公方のどちらが欠けても民は失意しますわ。事、世の政には疎い私にも分かりますわ。対の星は、一つが欠けただけで耀きを落としますもの」
フィリーンはカイラを王に立て、自分はその陰に立つ事を誰にも話した事はなかった。そして、カイラにしてもいずれ自分に王が廻ってくれば形ばかりに即位し、すぐにその冠をフィリーンに返すつもりだったのだ。どう反応して良いのか分からない、そんな顔でカイラはフィリーンを見やった。フィリーンはそれよりも確かな表情でカイラを見返す。
「良い機会だ、この場ではっきり言っておく、カイラ」
「フィリーン‥‥」
「俺は王になるつもりはない。ストゥ・マイニアヌ王家の名に縋りつくならば、あの時剣を収めたあの男をその場で殺していた。俺はずっと迷っていたんだ、お前が生まれるまで。お前が生まれた、その時から決めていた。俺はお前を王として立て、自分はその陰に成ろうと」
「フィリーン! 勝手な事を‥‥。王に成るのは君だ! 私は、君が居ないと何一つ満足に出来ない。そんな王なら誰もいらないよ‥‥」
「いいのさ、それで‥‥。完璧な王に統治された国ならいらない。父が間違いだったとは言わない。ただその結果はどうだった? 俺は、俺では父の真似にしかならない。この国に必要なのは、思わず手を貸したくなるような、皆で支えていける王だ」
「そんな勝手な‥‥。それにそれちっとも誉めてないよ‥‥」
ああ、勝手だ、と笑うフィリーンは全てをすっきり吐き出した笑みを浮かべていた。だが事が無事終結すれば全ての民達に話す、と言い放つ表情はもうどんな手を使っても動きそうにない意志を携えている。こんな表情の頑固者な『兄』には決して逆らえない。けれど‥‥。
「分かった」
「悪いな、カイラ。押し付けるつもりじゃないんだが‥‥」
「だから代わりに約束してくれ、フィリーン。私の跡を継ぐのは私の子だ。だとしたらきっとまた危なっかしい息子に違いないよ。君じゃその全ては支えきれない。だから私の息子の隣には、君の意思を継いだ息子が必要だ」
「! カイラ!?」
「嫌とは言わせないからね。私を王に望むなら、君も望んだ女性と結婚してくれ。ラング・リ・ストゥ王家の傍らにはストゥ・マイニアヌ王家の血を継ぐ者が必要だ。君と私のように、ずっと、どちらかの血が続く限り」
――俺の迷いを、悟っていたのか? 滅びた王家の血を残す事に戸惑っていた俺の‥‥――
意外と頑固な弟の首を横に振らせる力もまた、兄にはない。分かった、と苦笑交じりに今度はフィリーンが頷く。契約成立ですな、とマザスムが笑い、契約書を用意いたしましょうか? とフィディアが悪戯っぽく笑う。茶化すな、と二人を諌めるフィリーンの表情には力はこもりきらない。
「話を脱線させたな。本当はすぐにでも殴りこんでやりたい所だが、クォレルは何をやっている?」
「ミアーシの解毒剤を霧状に噴射する小道具の開発中、と言う事ですわ」
「‥‥は?」
「シクル王子に派遣された薬師三名と共に。霧状にすればいちいち一人ずつ捕まえなくても城中の者に解毒剤を吸わせられる、とね。そうすれば敵はクィーンネクタリア一人。と言っていましたが問題は誰がどうやって解毒剤を散布するかです。開発に夢中でそこまでは考えていないでしょうな」
「クォレルって研究となると他に何も考えないもんね‥‥。リルス、魔法で空中から撒いたらいいと思うんだけど、そんな事ってできる?」
「うん‥‥そうね‥‥。その道具がどうやって使うかにもよるけど、リルスが飛びながら操作する事ができるような物なら可能だと思うわ」
私もご助力致しますよ、と仮面 が仮面の下で笑った。カイラの突拍子なアイデアを楽しんでいる様子だ。リルスも頼むよ、ともう一度頼むとうん! とリルスは嬉しげに頷く。そういえばいつの間に馴染んだんだ? と今更にフィリーンが不思議そうな視線を向けているような気もする。(
「それは良い案ですわね。マザスム将軍、早速クォレル殿に」
「はい。では失礼致します。皆様明朝までご自由におくつろぎを」
「少し町の様子を見に行きたい。馬を借りるぞ、マザスム」
「私も行く。目立たぬようにすれば構わないだろ?フィリーン」
「リルスも行く!」
期待の眼差しを浮かべてぴょこん、とリルスが立ち上がる。その服で‥‥?とカイラがリルスのふんわりしたスカートに目を向けているとん〜! と誰かの間延びした声。声と共に腕を天井に向けているのはシアル。同様にその膝の上ではクラムが尻尾を立てて伸びをしている。
「よく寝たねぇ♪クラム。難しい話終わった?」
「‥‥シアル、お前って奴はなんて緊張感のない‥‥」
「え?何? だって今から緊張してたって仕方ないでしょ?」
「シアル! シアルも一緒に町行こ♪」
「フィリーンとカイラは城下まで遠出するのでしょう? 私達は近くの町を軽く散策するだけにしませんか?シアル、リルス」
「賛成ー! めんどくさい事はフィリーン達に任せて私達は楽しく買い物よ!リルス」
シアルに誘われるとうん! とあっさりリルスは身を翻す。まぁ、その方が良いんだろうけどね‥‥と納得しつつも女心の気まぐれにはついていけない‥‥。と嘆息したカイラは行くぞ、とフィリーンに頭を叩かれ、慌てて身を翻した。