僕らの恋愛事情
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有言実行。僕は翌日には動き出していた。まずリーマスを捕まえて、リリーをお茶に誘ってくれるように頼む。リーマスは突然の僕の申し出に首を傾げた。
「良いけど。イタズラするわけじゃあないよね」
言われて気付いたけれど、僕らは先生以外では女性にイタズラを仕掛けたことがない。未開拓地発見の気分だ。
「大丈夫。リリーに害は及ばない」
命に賭けて、と続けると、リーマスは笑った。
「分かった。ピーターが一緒の方が自然かな。ティーセットは貸してね」
交渉成立だ。リーマスは早速授業の後にリリーに近づいて、翌日の放課後に外でお茶をする約束を取り付けてくれた。「いつもお茶をご馳走になっているから、たまにはお返しを」とリーマスに言われると、リリーは何の疑問も抱かなかったらしい。
「じゃあ、何かお菓子を用意するわね」
ピーターはその言葉に大喜びした。その間ジェームズは彼らの方をちらりちらりと見ながら、内心ドキドキしていたに違いない。
さて、決戦の日になり、僕は暇さえあれば何を話したら良いかと問いかけてくるジェームズを、適当な言葉であしらっていた。そんな風に考えていたって、きっとリリーの前に立ったら何の役にも立たない。その場で出てくる言葉を大切にするべきだ。大体いつもジェームズはそうしているではないか。あの口から怒涛のように溢れ出す言葉が、すべて事前に用意されていたものだなんて到底思えない。いや、思いたくない。
放課後が近づくにつれて、ジェームズは段々と無口になっていった。普段が度を越すお喋りなだけに、これは少し怖い。やっとその日の授業が終わり、リーマスとピーターがリリーを連れてハグリットの小屋へ向かった。そこの切り株を貸してもらい、ティーセットを置くつもりなのだ。用意して、すぐにお茶会が始まった。3人とも上機嫌で、たまに笑い声が混じる。とうとう膝を抱えて丸まってしまった相棒に危機感を覚えて、少し早いけれど、僕はジェームズを引っ張って立たせると、リーマス達のところへ走って行った。
「リーマス、ピーター! そんなところでお茶している場合かよ。薬学の補習だろ? この間先生に捕まって言われたの、忘れたのか?」
僕がそう言うと、何も知らないピーターはそんなことあったかな、と首を傾げた。しかしリーマスはこれが何かの計画であることを察して立ち上がった。
「そうだった! すっかり忘れていたよ。ごめんね、リリー。まだ始めたばかりだったのに」
本当に申し訳なさそうに言うリーマスは、かなりの演技派だ。ピーターもそれにつられて、本当に補習があるような気分になってきている。
「良いわ、気にしないで。また今度誘ってね」
そう言ったリリーに、僕は今だとばかりに提案した。
「僕が付き合うから、すぐに終わるさ。それまでここで待っていてくれないか、リリー。後で僕もお茶会に混ぜて欲しい」
でも、と渋るリリー。ここに1人で待っているのは確かに滑稽だろう。僕は微笑んで言った。
「彼を置いていくよ。話し相手に」
僕は背後でそっぽを向いているジェームズの腕を掴んで、無理矢理前に押し出した。意外な申し出にリリーは目を丸くしたけれど、僕は手を振るとピーターを引っ張ってさっさと城へ歩き出していた。すぐに帰ってくるから、とリーマスが声をかけて僕を追いかけてきた。
僕らは一度城へ消えると、用意していた透明マントを被ってハグリットの小屋へ逆戻りした。補習はどうしたのかというピーターに事情を説明して、僕らはこっそり残された2人の様子を覗くことにした。ジェームズはさっき僕が押し出したままの姿勢で固まっていた。すでに顔は赤くなっている。リリーはそんなジェームズを物珍しそうに見ていた。
「座ったら? お茶を淹れるわ」
リリーが優しく言った。ジェームズは完全に上がっているらしくて、お礼も言わずに丸太に座った。その動きはぎこちない。柔らかな髪の毛でさえ、毛の先までピンと張り詰めている。まるで針鼠みたいだ。
「あんなジェームズ、初めて見るね」
ピーターが言った。リーマスも楽しそうに頷いている。リリーがその間にお茶を淹れ、ジェームズの前に出した。今度は小さな声でお礼を言ったようだ。ジェームズはすぐに紅茶を口に含んだ。そして思い出したようにリリーに話しかけた。
「……あの、僕、ジェームズ・ポッター。あ、知っているよね。そんなこと」
最初の言葉は自己紹介か。もう君は1年の組分けで全校生徒に自己紹介したも同然なのにな。リリーは慌てるジェームズに微笑みかけた。もうそれだけで、ジェームズは頭から湯気を出した。見ていて本当に面白い。
「えぇ、英雄だもの。私はリリー・エヴァンスよ。知っていた?」
リリーの切り返しは上手く、優しかった。リリーの少しからかうような口調に、ジェームズも少し緊張が解けたらしい。どうやらリリーに会話をリードされているようだ。お喋りで仕切るのが上手なジェームズにしては、全く珍しい状況だった。
「勿論! あ、その……リーマスと仲が良いよね。よく、聞くんだ」
言い訳の種にされたリーマスは、そんなに話していないよ、と呟いた。後でその辺をしっかりとジェームズに言い聞かせるつもりなのだろう。
「あら、どんな風に聞いているのかしら」
クスクス笑うリリー。ジェームズもつられてぎこちなく笑った。大分雰囲気が良くなってきたのではないだろうか。ここからもっと話を弾ませて、自然とお友達になっていました、というのが最上の流れだ。しかし、そこは我らがリーダー。見え見えの最上ルートを通るほど堅実家ではない。
「良いことばかりだよ! それで僕、その……」
言いよどんだジェームズに、僕らは息を呑んだ。一体何を言い出すつもりだろう。嫌な予感がするのは僕だけだろうか。とにかく滑らないでくれよ、と心の中で祈った。同じように考えているのか、僕のローブを掴んでいるピーターの手がきつくなる。1人平然としているのはリリーだ。彼女はこれからジェームズが爆弾を投げるだなんて、考えもしないのだろう。じっとジェームズを見て、言葉の続きを待っていた。ジェームズは深呼吸をした。そして決死の覚悟で大告白。
「君と駆け落ちしたいんだ!」
僕はその場に倒れたかった。滑ってはいない。確かに。しかし、ジェームズ。君は一体どこまでぶっ飛んだのだ? 海を越えてアルプスどころか、ヒマラヤへ行ってしまったみたいじゃあないか。ピーターは聞き間違えたのかと思って必死に僕に問いかけた。リーマスは混乱して「駆け落ちって何だっけ」と呟いた。恐るべし、爆弾魔ジェームズ。離れた僕らにもその被害が及ぶなんて。爆弾直下にいたリリーはどうなっただろう。どうやら僕ら3人は同時に同じことに思い当たったらしく、自分達の混乱はひとまず脇に置いて、リリーの方を見詰めた。僕らの間に緊張が走る。この計画は失敗だろうか。そうだとしたら、ジェームズには大きな痛手だ。
ジェームズは自分の落とした爆弾に気付いていない。自分では爆竹くらいのものだと思っているのだろう。リリーは目を丸くしていた。冗談だと思うだろうか。それともからかわれていると判断して怒るだろうか。僕らはジェームズ以上にドキドキしていた。リリー、ジェームズは本気なのだ。分かってあげて欲しい。
するとリリーは弾かれたように笑い出した。口元とお腹を押さえてまるまる1分は笑っていた。ジェームズは別に笑いがとりたかったわけではなかったので、リリーの反応に大いに困惑していた。僕らも同様に困惑していた。冗談だと思って笑ったのか、本気でそんなことを言ったと判断して笑ったのか。両者の違いは大きい。リリーは出てくる涙を指でさらって、ようやく笑いを止めた。まだ体を震わせながら、彼女はこう言った。
「……そうするにはちゃんと基本から始めないとね。いいわ。まずはお友達から」
こんな風に切り返してくるなんて、彼女は確かにジェームズの選んだ女性だった。そしてもしかしたらこの時すでに、リリーもジェームズを選んでいたのかもしれない。それは恋と呼ぶにはまだまだ小さく、霧のように形を成さない感情だったのかもしれないけれど。
「……ほんとに?」
呆然と呟いたジェームズに、僕らも合わせて呟いた。彼女はこんな滅茶苦茶な告白で、ジェームズの心を汲み取ってくれたのだろうか。リリーはその疑問に答えるように晴れやかに笑い、ジェームズに向かって白い手を差し出した。
「えぇ。宜しく、ジェームズ」
ジェームズは差し出された手をしばらく見詰めていたけれど、やがてクィディッチで勝利したときよりも嬉しそうに笑うと、やや躊躇しながらもそっとリリーの手をとった。それは大切な壊れ物を扱うようで、とても綺麗な光景だった。
「よろしく! リリー」
僕はたまらなくなって、歓声を上げながら透明マントから飛び出した。驚いた2人は手を離してしまったけれど、手なんてこれからいくらでも繋げばいい。僕は照れ笑いするジェームズに飛びついた。リーマスとピーターも駆けてきて、僕らは団子状態になって草の上に転がった。1つだけ高い笑い声。僕ら4人の、大事な異性の友人が、青空を背景にして転がる僕らを覗き込んで笑っていた。赤い髪の彼女がジェームズ1人の特別な女性になるのは、もう少し先のこと。