ダンスレッスン
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さて、床に散らばっているチェスの駒や、イタズラグッズを片付けて、4人はダンスの練習ができるスペースを確保しようとした。シリウスのベッドをジェームズのベッドに寄せ、リーマスのベッドをピーターのベッドに寄せると、部屋の真ん中が何とか踊れるくらいの空間を彼らに提供した。それではまず、とシリウスがジェームズを真ん中に立たせて言った。
「ジェームズ、リーマスと踊ってみろよ。ステップを確認するから」
その言葉に、先程自らを運動神経の神様だと主張したジェームズが反発する。
「ステップは間違えていないよ」
「一応だよ」
切羽詰って苛立っている様子のジェームズに、シリウスは宥めるように答えた。そしてシリウスはリーマスの背を押してジェームズの前に立たせる。しかし、とリーマスはシリウスを振り返った。
「シリウス、僕も踊れないんだけど。おまけに女性パートだろ?」
暗に踊りたくないと抗議したのだけれど、シリウスはそんなリーマスの訴えに気付きながらも軽く流した。
「リーマス、ジェームズがリードするから大丈夫だ。女性パートは男性パートが上手くリードすれば、ステップを知らなくても何とかなる」
リーマスはなおも抗議しようと口を開いたが、前に立ったジェームズは早々にリーマスの手を掴み、腰に手を当てて踊る体勢を取っていた。ジェームズの髪が跳ね上がるのを見て、反発した割には何故か乗り気だ、とリーマスは分析した。
「よし、じゃあワルツから」
ジェームズは自らそう言って、ステップを刻み始めた。ジェームズが踏むクラシックワルツのステップに合わせて、リーマスも一緒に踊る。確かに腰に当てられた手の感覚でジェームズの次の動きが分かるので、リーマスは自然にワルツを踊れていた。シリウスはジェームズのステップをじっと見詰めて、数分踊ってからジェームズが踊るのを止めると、少し期待が外れたような声で言った。
「……別に足を踏まずに踊れるじゃあないか?」
シリウスのコメントに、ジェームズは自分で首を傾げている。一緒に踊ったリーマスは、素直に自分の考えを述べた。
「踊りやすかったよ、ジェームズ。足のこと、心配しすぎなんじゃあないかな」
「そうかな……」
ほっとした様子のジェームズに、それでは、とシリウスが提案した。
「音楽つけてやってみるか」
そう言い出したシリウスに、ピーターが尋ねる。
「楽器はどうするの?」
「借りてくる」
そう短く答えると、シリウスはしばらく部屋から消えた。シリウスが戻ってくるのを待つ間、自信を取り戻したジェームズがピーターにステップを教えていた。リーマスはそれを眺めながらリリーのドレスローブ姿を思い出していた。早くジェームズがリリーを誘って、リリーが安心できると良い、とリーマスは思った。
やがてシリウスが学校所有のヴァイオリンを取って帰ってきた。本番はきっと先生方が楽器に魔法を掛けて自動演奏させるのだろう。シリウスはもう一度ジェームズとリーマスを立たせて、それからピーターに魔法百科事典を渡した。
「ピーター、魔法で演奏させる方法を調べてくれ。とりあえず……。いくぞ、ジェームズ」
そう言うなりシリウスは自分でヴァイオリンを構えてみせた。
「え? う、うん」
シリウスがヴァイオリンを演奏できるなんて知らなかったから、ジェームズは大いに慌てた。演奏が始まってからリーマスの腰に手を回して、前奏が終わるのを待って足を踏み出す。先程のように、リーマスはジェームズの動きに合わせてステップを踏んだ。シリウスは演奏しながらジェームズの動きを見る。特に足元を。
「1回」
シリウスが演奏しながら数えた。
「2回」
ピーターが百科事典をめくりながら続ける。
「……3回……」
リーマスは踊りながら数えた。自分の足なので、踏まれた感覚はすぐに分かる。ジェームズは先程の安心感を一気に失って、曲が終わる前にがっくりとその場に膝を付いた。
「ほら! だから駄目なんだよ。ごめん、リーマス。わざとじゃあないんだ」
僕は大丈夫だよ、とリーマスが優しくジェームズの肩を叩いた。ピーターはその間に魔法で楽器を演奏させる方法を見つけて、シリウスに知らせた。シリウスは百科事典をさらりと眺めると、楽器を置いてから短い呪文を唱え、杖を一振りした。
「……リーマス、代わろう」
シリウスが膝を付くジェームズの腕を引っ張って立たせると、先程魔法を掛けた楽器が宙に浮かび上がって自動演奏を始めた。シリウスはジェームズの手を自分の腰に当てさせて、前奏が終わるのを待ってステップを踏んだ。曲は何回もループしたが、ジェームズは何度もシリウスの足を踏んだし、それで転びそうになったりもした。踊っている間、シリウスはジェームズの腕の角度を注意したりして踊り方を教えた。
「ジェームズ! 足元ばかり見るな!」
「だって踏むだろう!」
「癖がつくだろう! 本番も下を見て踊るつもりなのか! それこそリリーにふられるぞ!」
そういった叫びが続くこと3日間。
「…………直らない。いくらやっても。もう駄目だ。ごめんよ、リリー。ふがいない僕を許してくれ」
上半身の形は整ったのに、ジェームズは相変わらず相手の足を踏み続けていた。踏まれそうになったらシリウスの方が避けるので、シリウスの足が腫れ上がることはなかったけれど、リリーがシリウスのように避けてくれるわけがない。足を踏まれて仲良く転ぶのが落ちだった。
「諦めるのはまだ早いぞ! まだ3日目だろう。ピーター、ステップは覚えたか?」
「う、うん。多分……」
シリウスはジェームズが落ち込んでいる隙を狙いながら、ピーターにもイチからダンスを教えていた。少し厳しいけれど丁寧だ。シリウスは教師になれる才能があるのだなと、特に切迫した状況にないリーマスは暢気に感心していた。
「じゃあ僕が……。いや、身長差があってやりにくいか。リーマス、ピーターの相手をしてやってくれ」
「うん」
リーマスもダンスを覚えてきていたので――それが女性パートであることは考えないことにした――踊るのも結構楽しいなと思って練習を手伝っていた。長期貸出になっている楽器の演奏で、ピーターとリーマスが踊りだす。ピーターはジェームズのように相手の足を踏むことはなかったが、自分の足がもつれて曲の途中で止まってしまうことがあった。そのためジェームズと同様、足元が気になって仕方がない。そんなピーターにシリウスの激が飛ぶ。
「ピーター、もっと胸を張れ! ジェームズ! ほら、もう1回やるぞ」
そう言って無理やり立たせるシリウスを、ジェームズが恨めしそうに見詰めた。
「……スパルタ教師……」
シリウスはジェームズの非難に口を歪めて笑う。
「感謝しろ」
ジェームズはシリウスの腰に手を回して踊る体勢を取ってから応えた。
「してる。この呪いが解けたらキスしても良い」
「……しなくて良い」
その日も数時間、ジェームズの足は無意識にシリウスの足を狙い続けていた。シリウスはジェームズの足を避けながら踊り、そして更に考え込む。何故最初にステップを踏んだだけのときは、リーマスの足を踏まなかったのだろう。今だって、確かにステップは合っている。問題は足を踏み出すタイミングなのだが、それだって最初にやったときは出来ていたではないか。
「……ジェームズ、ストップ。言う通りにしろよ。あの曲に合わせて鼻歌を歌ってみろ」
「歌を? どうして」
「いいから。ほら、One−Two−Three」
ジェームズは訳が分からないという顔をしながらも、流れている曲に合わせて歌いだした。出だしのタイミングはピッタリ。しかし、シリウスはもう4年もジェームズの親友をやっていながら、今日初めて知った事実に溜息をついた。
「ジェームズ……。君、音痴だったんだな」
ピーターとリーマスも、ジェームズの歌に足を止めていた。歌っていた当の本人は、自分の歌声に全く気付いていないようだ。ジェームズの歌は、流れている曲とリズムがずれていた。音程はこの際ダンスには関係ないとしよう――実際音程のズレ具合はすさまじいものであったが――。しかしリズムのズレは致命的だ。ステップだけ踏んでいたときは、流石に運動神経の神様と豪語するだけのことはあって、運動神経がリズムを正確に刻ませていたのだろう。しかし曲が流れると、曲に合わせようとしてリズムがズレる。ジェームズの中でこの曲は先程の鼻歌のようにリズムを刻んでいるからだ。
「音楽の授業はないから、気付かなかったね」
リーマスが言った。完璧かと思われた帝王には、こんな欠点があったらしい。
「分かったぞ、ジェームズ。出だし以外は曲を聴くな。聴かなくていい」
自分が音痴であるという事実に、ジェームズはいまいち納得できていない様子だ。しかしスパルタ教師に睨まれて、大人しく曲の前奏だけを聞いて踊りだした。数日の苦労が報われるというのは、これほど感動的なことなのだな、とシリウスは思う。曲を無視したジェームズは幾分機械的ではあるけれど、足を踏むという失態はおかさずに1曲を踊りきったのだ。
「踊れた! シリウス、君は僕を救ってくれたんだ! 愛しているよ、キスしようか?」
「遠慮する」
ジェームズは一度だけの夢にしたくない、という風で、今度はピーターと踊っていたリーマスの腰を掴んで掻っ攫い、もう一回踊りだした。曲を聴かないというコツを覚えたジェームズは、すぐに踊りが上達した。形も整ったし、足元を気にしなくなった。
「やっぱり僕は運動神経の神様だったんだ!」
そう叫びながら踊るジェームズに、リーマスが言う。
「これでリリーを誘いに行けるね」
もう十分待たせてしまっただろうから、明日にでも誘いに行くと良いよ、とピーターがフォローする。その言葉ではたと足を止めて、ジェームズは突然3人に向かって敬礼した。
「今すぐ行ってくる」
そして透明マントを引っ掴むと、部屋を飛び出して行った。リリーはずっとジェームズの誘いを待っていただろうが、ジェームズだってリリーを誘えるようになる日を待ちわびていたのだ。嵐のような帝王を見送ると、シリウスは息をついてベッドに座り込んだ。
「やれやれ……。後は本番、リリー相手に緊張しなければ大丈夫だろ」
シリウスの呟きに、ピーターが不安そうに応じた。
「僕も緊張したらできなくなるかも……」
そう考えてしまった時点で失敗なのだ、ということにピーターは気付いていない。シリウスは大きく溜息をつくと、立ち上がる。まだまだ教師が必要らしい。
「君なぁ……。僕が教えたのにそんなヘマしたら許さないからな。死ぬ気でやれ」
「そんなぁ」
「大丈夫だよ。練習ならいくらでも付き合うからね、ピーター」
3人が笑い合うと、嵐の帝王が息を切らせて早々に部屋へ舞い戻ってきた。
「リリーにO.Kをもらったぞ!」
両手を大きく上げてそう叫ぶと、ジェームズはシリウスに飛びついた。シリウスはジェームズごとベッドに倒れ込んでしまう。とりあえず親友達の尽力によって、ジェームズの重大事件はこれでカタが付いたのだった。後は本番までに、ダンスに慣れるだけだったが、それはさほど難しいことではなかった。