宴の後始末

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 普段は――特に冬の寒い時期には――ベッドの上で目覚めてもしばらくはぼんやりとしてしまうリーマスだったが、今日はまるでスイッチが切り替わったようにパチッとすっきり目が覚めた。布団の中は一晩中体温を集めて保った分の熱で心地よい温かさだったけれど、でも頭をふんわりと覆ってくれているはずの枕がどこにもない。おかげで少し首が痛かった。寝返りを打っているうちに枕から頭が落ちてしまったのかもしれない。それでは、こうして自分が抱きついているものの正体は何なのだろうか、とリーマスは考えた。

 抱き枕なんて持ってはいないし、布団はきちんと体にかかっているようだ。何より寝具にしては硬い。温かいことは温かいのだけれど。リーマスは首を上げて、自分が抱きついているものの正体を確かめようとした。すると目に入ってきたのは、どこか疲れた様子のシリウスの顔だった。彼も丁度首を曲げてリーマスのことを見ているところだったようだ。

「おはよう、リーマス」

 抱き枕の代わりをしてくれていたらしいシリウスがそう言うので、リーマスも答えて言った。挨拶は大切だ。例えそれがどんな状況であっても、されたら返すべきだろう。

「おはよう、シリウス」

 律儀に返してからリーマスは気付いた。シリウスを挟んでリーマスと反対側にはジェームズが眠っている。それからピーターはリーマスの隣で丸くなっている。掛けられた布団はひとつ。ベッドもひとつで何故か横に使っているようだった。

「気分はどうだ?」

 シリウスが上体を起こしたので、リーマスはシリウスの腰に回していた手を解いて自分も上半身だけ起こした。ジェームズとピーターはぴくりとも動かない。

「気分? とても良いよ。よく眠れたみたいだ」

 そうだ。起き抜けに色々なことを判断できるほど頭がすっきりしている。そう答えたリーマスの顔を、シリウスは何故か神妙な顔をして覗き込む。

「そうか。それは良かった」

 本当に良かったのだろうか。言われたリーマスが思わずそんな疑問を抱いてしまうような雰囲気だった。その理由はもしかして、今のこの状況にあるのではないだろうか。

「ところで、シリウス」

 よく眠れたからこそリーマスは起きぬけにここまで考えることができた。それではそもそもいつも以上によく眠れた、その理由は何だ?

「うん」
「どうして、僕らは4人で寝ることになったのだっけ?」

 リーマスが疑問を口にすると、シリウスの神妙そうな顔にはちょっとした深刻さが加わった。

「リーマス、確認したい。君、昨日の記憶ははっきりしているか?」
「昨日の記憶?」

 奇妙なことを言い出すな、とリーマスはこの時思った。細部まで覚えていることはできないかもしれないが、昨日のことならば普通苦もなく思い出すことができるだろう。それをわざわざ確認するなんて。

「そう。その正に、4人で窮屈に寝ることになった原因とか」

 それが分からないから尋ねたのに、と反論しそうになってリーマスは口を噤む。覚えていないなんてありえない。それこそ、昨日のうちでも一番今日に近い記憶のはずだ。

「待って、昨日は確か……」

 どうということのない一日だったと思う。朝起きて、食堂で朝食後に授業へ出て。お昼を食べてまた授業。それが学生の本分で、特別おかしなことなどない。授業を終えて夕食をとって。そう、変わったことと言えばその後ジェームズがジュースを持ってきてくれたくらいだけれど、そのジュースを飲んでからのことを思い出そうとしてリーマスは血の気が引いた。

「……シリウス」
「うん」

 有り得ない。有り得ないのだけれど。

「僕、その、よく覚えていない。ジェームズにもらったジュースを飲んだ後、体が温かくなって……。それから……どうやって眠ったのかな」

 飲むと楽しくなるから、とジェームズは言った。正直そのジュースの味もよく覚えていないのだけれど、確かに何となく楽しかった雰囲気だけは覚えている。しかしそれも、ふわふわしてとらえどころのない感覚だけの話だ。

「うん、リーマス。結論から言わせてもらえば、ジェームズが君に渡したのはジュースではなく酒だ」

 シリウスの言葉を聞いて理解したリーマスは、開いた口が塞がらなかった。お酒! ジェームズがそれを知らずに渡すわけがない。ジェームズは知っていて嘘をついたのだ。リーマスも気付くべきだった。もっとよくよく注意してみれば、きっと昨日のジェームズは髪をうきうきさせていたはずだ。それに、ジュースにしては匂いがおかしいと疑ってみることは十分できたはずなのに。

「昨日の君は完全に酔っ払っていた。それはピーターもジェームズも同じだったから、必然的に素面だったのは俺だけだ」
「……僕、君に迷惑をかけた?」

 リーマスが恐る恐るシリウスの顔を下から覗き込むようにして視線を上げると、シリウスはちょっと困ったように笑った。

「いや、君の場合はそう気にするほどでもなかった。何しろ原因を作った馬鹿は別にいる」

 シリウスはそう言って自分の隣に丸まっているもしゃもしゃの頭を力一杯叩いた。そして大きく息を吸い込むと、寮内に響き渡るほどの大声で叫んだ。

「ジェームズ! ピーター! さっさと起きろ!」

 そしてシリウスはかかっていた布団をがばりと引き剥がした。

「ジェームズ! もう朝だ! すぐに起きて、その場で正座しろ! ピーター! 君もだ!」

 シリウスはそう命令するけれど、布団を剥がされた二人の反応は鈍い。

「シ、シリウス……。何故かいつも以上に君の声が……頭に、響くんだ……。もう少しトーン・ダウンして……」

 ジェームズが頭を抱えて、かすれた声で訴えるものの、シリウスは彼の服を容赦なく引っ張って起こす。

「駄目だ! すぐに俺の言う通りにしろ」
「頭が痛いよ〜」

 ピーターも弱々しくそう訴えたが、ジェームズと同じ目に遭わされた。リーマスはきちんと言われた通りに正座している。

「俺は昨日もっと頭が痛かった! さぁ、座れ! それから俺の言うことを一言一句聞き漏らすな!」

 そしてジェームズとピーターは二日酔いで傷む頭に涙しつつ、シリウスからの説教をくらってさらに泣きをみた。二日酔いは起こさなかったリーマスだが、昨夜のことはシリウスに言われても全く思い出せなかった。とにかくシリウスに迷惑をかけたらしいことがはっきりすると、リーマスは自分の失態を深く反省した。そしてさらに、リーマスの中でシリウスに対しては申し訳ない気持ち、そしてジェームズに対しては騙されたことに対する怒りが芽生えたのだ。


「シリウス〜」

 普段は滅多に怒らないリーマスのこと。一度怒ったら結構その怒りは深くて、一日や二日で治まるものではなかった。それを拷問のごとく痛感してしまったジェームズはすぐに相棒に泣きついた。けれどリーマスほどではないにせよ、やはり同じように怒っていた相棒に訴えても、シリウスの反応は冷たい。当然だ。

「ジェームズ、この件に関しては君の独断で行ったことで、結果は自業自得だ」

 しかも正論だ。酔っ払いにはまだしも、素面の人間にはそれに反論する理由がない。

「僕が嫌いなのか?」

 同情を得る作戦に切り替えてみたけれど、相棒はそんなことお見通しのようでやはり反応はクールだ。

「それとこれとは別だ。ジェームズ、俺は優しい男だが素面の君を甘やかす気はない」
「素面じゃあないよ、絶賛二日酔い中だ!」

 二日酔いどころか三日目になった今日だってまだ頭がくらくらする。

「それも自業自得だ」

 あぁ、クソッ! ――失礼――またもや正論だ。完璧だとも、シリウス・ブラック!

「リーマス、頼むよ。昨日の僕はどうかしていた。君を騙すなんて……あぁ、どんな罰でも受けるけれど完全無視だけは勘弁しておくれ」

 その後数日間、リーマスはジェームズを許さなかった。半泣きになって縋るジェームズには、さらに事の次第を知ったリリーにまで軽蔑され、しばらく口をきいてもらえないという罰まで加算された。

「僕、もうお酒は飲まない」

 涙声でそう言ったジェームズの本気を疑う者は、勿論誰もいなかった。酒は飲んでも飲まれるな。教訓というものが理由あって教訓と呼ばれていることを、身をもって味わったジェームズ・ポッター、15の春だった。

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