Requiem−Agnus dei

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献花
 ヴォルデモートが死んだと思い込んだ魔法使い達は、暗黒時代の終わりを声高に叫び、町々は数十年ぶりの賑わいを取り戻した。魔法省の役人までもが特別休暇を与えられ、人々は酒を飲み、食事を楽しみ、ダンブルドアや小さく偉大なヒーローとなったハリー・ポッターを称えた。故意にか、そうではないのか、人々の間からこの戦いの犠牲になった多くの人達の話題は一切上らなかった。長く、辛い時代だったのだ。思い出すことを恐れるくらいの。

 セブルスは葬式に参列した人数のあまりの少なさに舌打ちしたい気分だった。本来なら、故人の葬儀にはセブルスは参列せず、より多くの他の人間が参列するべきだった。見えるのはダンブルドアやホグワーツの教授陣。魔法省の大臣と、グリフィンドール寮の卒業生が10数人。赤い髪のウィズリー夫妻は強力ではないが実直な、ダンブルドアの勢力だった。故人とあまり関わりあいのなかったはずの夫妻は、それでも故人の死を心から悼んでいるように見えた。

 2つの真新しい柩が地中に納まる。土を被せる前に、すでに降っている雪が柩の上に落ちる。

 セブルスは少し離れた場所で、黙ってその様子を見ていた。悲しみはない。あるとすれば怒りか。馬鹿騒ぎする奴らと、勝手に助けておいてその借りを返させないまま死んだ男への。セブルスはローブの影で拳を握り締めた。そんな彼の脇を、細い影が通り過ぎた。雪と同化しそうなくらいに青白い顔色をした男。リーマス・J・ルーピンだ。リーマスは全員が見ている中、何も言わずに柩の上に白百合の花束を置いた。そして最初の土を、骨のような手で掬い柩にかける。ダンブルドアがそれに続いた。ひとり、またひとりと参列者達が柩と白百合に土を被せていく。セブルスはそれを見ているだけだった。

 遅かった、何もかもが。セブルスがダンブルドアの元へ行くのも、リーマスが裏切り者の正体を知るのも、ヴォルデモートが退くのも。すべて、動機は何であろうとも、柩の中の人達のためであったのに。暗黒の時代は終わっていない。彼らの犠牲があっても、まだ暗黒は続いている。今はまだ、月が夜を照らしてくれていた。だがその月さえも消える時が来る。少なくともここにいるうちの半数は、それを知っていた。

 柩は土の中に埋まっていく。リーマスの捧げた花も。雪と土は混じりあいながら、柩を隠していった。セブルスは一度も土をかけなかった。やがてすべてが土の下に埋もれると、真新しい墓石が立てられた。2人の名が刻まれた墓石の前に、今度は花が添えられた。白百合も、薔薇も、かすみ草も、ガーベラもあった。そしてひとり、またひとりと墓を後にする。セブルスはずっと立っていた。墓の横に立ち、添えられていく花に微かに笑みを浮かべる男を、ずっと睨みつけていた。

 そして墓の前に残っているのはセブルスと、リーマスと、ダンブルドアだけになった。リーマスはずっと墓を見詰めている。その横顔に生気はなく、瞳もどこか焦点を失っていた。事件について知らせた時からずっと、ダンブルドアの命令でセブルスはリーマスと行動を共にしていた。リーマスはダンブルドアからジェームズ達の死と、そしてシリウスのアズカバン行きを知らされた。

 その間リーマスが取り乱すことはなかった。

リリーの妹家族がハリーを引き取ったものの、葬儀を挙げることは拒否され、リーマスは淡々とジェームズとリリーの葬儀を取り仕切った。その間、リーマスは数回水を口にしただけで、一切食べ物は口にしなかった。満月後で体力が落ちているにも関わらず。そしてリーマスは眠りもしなかった。一度危険を感じたセブルスが、水に睡眠薬を入れて飲ませたが、一時間眠っただけで、リーマスはすぐに目を覚ましてしまった。元々太れる体質ではない。しかし今のリーマスはまるで幽鬼だ。

 セブルスは初めて墓に近づいた。リーマスはセブルスが隣に立つと、何を思ったのか、セブルスの顔を見て微笑んだ。セブルスはあからさまに舌打ちをした。苛々する。笑っているリーマスにも、さっさと墓の中に納まってしまったジェームズにも。

「知っていたが、お前は馬鹿だな」

 その言葉はそのままジェームズにも向けられていたが、リーマスは気付かなかった。ゆっくりと顔を歪ませて、リーマスは苦笑した。

「酷いな。そんなこと……分かっているよ」

 呟いたリーマスに、セブルスはもう一度舌打ちした。そういう意味で言ったのではない。裏切り者の正体に気付かなかったことを責めたのではない。それはセブルスだって同じことだった。

「否、分かっていない。本当に、馬鹿者だ」

 セブルスは吐き出した。馬鹿だ。ジェームズもピーターも、そしてアズカバンへ送られたあの男も。

 何故この男だけを残した。

一緒に連れて行ってやった方が、どんなに良かったか。そう思いながら、セブルス自身は何故、こんなにも怒っているのだろう。

「……セブルス?」

 唇を噛んで黙り込んだセブルスに、リーマスが不思議そうに問いかけた。セブルスは出所の分からない怒りを抑えながら、墓の前から去ろうとした。しかしすぐリーマスに寄りかかられて、それはできなくなった。

「おい!」

 リーマスはすでに意識を失っていた。後ろから見ていたダンブルドアが急いで駆け寄ってくる。セブルスは決して力のあるほうではない。気絶して力の入らない同年の、同じくらいの身長の男性を支えることはできなかった。本来なら。

 しかしセブルスの腕の中に倒れ込んだリーマスは、子どものように軽かった。セブルスはリーマスが死に近いことを悟った。生きる気力も無い、抜け殻なのだ。そして自分の怒りの出所も分かった。

 ここで死なせるわけにはいかない。脱狼薬を完成させるまでは、この都合の良い実験体を死なせるわけにはいかないのだ。しかし、セブルスにはリーマスを生に繋ぎとめる光は無い。だから怒るしかないのだ。自分に、リーマスに。リーマスを置いて逝ったジェームズに。こんな事態をもたらした、シリウスの裏切りに。

「酷い顔色じゃ。セブルス、リーマスを連れてホグワーツへ……」

 ダンブルドアはリーマスが小さく息をしていることに気付いてほっとしたようだった。すぐにでも死にそうだと、ダンブルドアも思っていたのだろう。セブルスは頷いて、リーマスの体を支え直した。ホグワーツへ行くにはまずセブルスの家へ姿現しを唱え、そこからフルーパウダーを使って行くしかない。直接姿現しはできないからだ。セブルスは杖を取り出した。2人一気に姿現しするのは非常に困難だ。ダンブルドアも手伝うために杖を取り出した。そこにかけられた声。

「アルバス。その子は私に任せてもらえないか?」

 誰もいなくなったと思っていた丘に、1人の男が現れた。雪を花のように髪に飾った、ひょろりとした長身。

「グリス先生……」

 ダンブルドアも驚愕の表情を隠せない。セブルスは更に驚いていた。

「……何故? 貴方は、いくら何でも……」

 男がセブルスの教師だったのは、一体何年前のことだったろう。いくら寿命の長い魔法使いでも、全く同じ姿でいられるはずがない。

「久しぶりだね、セブルス。君がこちらの道を歩むことを選んでくれて、嬉しいよ」

 教師が学校にいた頃のことを思い出した。あの時かけられた言葉を唐突に思い出す。セブルスは思わず貴方の言葉のせいではない、と口から出かけた言葉を呑み込んだ。学生時代だけではない。ヴォルデモートの元を去る決意をした時、あの時しつこく語りかけてきた声は、男の声にそっくりだったのだ。

 男はセブルスの抱えるリーマスにゆっくりと近づき、その頬に触れた。体温が下がっていた。

「ショックを受けていることすら自覚できていなかったのでしょう。もう何日もほとんど眠っておらぬようでした」

 ダンブルドアが言ったが、男は頷きもしなかった。リーマスの首筋に触れ、手首に触れ、悲しそうに微笑んだ。

「……君の言う通りだ、セブルス。馬鹿な子だね。このまま自覚せずに死ぬつもりだったのだろう」

 セブルスは心の中を見透かされたような気がして、思わず叫んでしまっていた。どうしようもない怒りを、都合よく現れた男にぶつけたのだ。

「貴方は……一体何なのだ? ポッターを気にかけていながら、それだけの力を持っていながら、何故助けなかった?」

 声を荒げたセブルスに、ダンブルドアが身を乗り出した。

「セブルス!」

 男は手を挙げてダンブルドアを制した。

「アルバス、良いのだ。セブルス、私も何故だろうと思うよ。何故私は、何でもできるような力と時間を持っているのに、何もできないのだろうね」

 静かに、降る雪のように男は言った。セブルスは一気に怒りが冷め、男から目を逸らした。男の瞳に輝く深い悲しみの光は、セブルスには大きすぎた。男はセブルスの様子に気付いて、セブルスと目を合わせないようにしながら、そっとリーマスの体を抱き上げた。

「しばらく家で休ませるよ。アルバス、この子が落ち着いたら連絡する。セブルス、君にも」

 男から目を逸らしたまま、セブルスは答えた。

「そいつがどうなろうと、私の知ったことではない。連絡は無用です」

 男はセブルスの言葉に微笑んだ。その何もかも分かっているような視線が、セブルスを落ち着かなくさせる。早くここを立ち去って欲しかった。

「そうかい? まぁ、アルバスのところにいるのなら自然と伝わるだろう」
「グリス先生、よろしくお願いいたします」

 顔を逸らすセブルの隣で、ダンブルドアが頭を下げた。

「あぁ。マダムに、心配要らないと伝えておくれ」

 その言葉が何故か自分に向けられていると感じて、セブルスは顔を男の方へ向けた。しかし男はリーマスを抱えたまま器用に手を動かして、いとも簡単に姿を消していた。

「リーマスは大丈夫じゃ。儂らはこれからのことを考えねばなるまい。ホグワーツへ戻ろう、セブルス。君にはあそこで薬学を教えてもらいたい」

 ダンブルドアの言葉に、セブルスはただひとつ頷いて見せた。最後に振り返ったとき、真新しい墓の前で、捧げられた花々が風に揺れていた。

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