Chapter 2-1 : それぞれの大陸
---------------------------------------------------------------------------------
ウィザーズを見失って、バルドとセライドは第二大陸カルデアスへ渡った。チェルットの東を流れる海流は二本あり、一つは南の島々へ行き、もう一つがこの第二大陸へと流れているのだ。ウィザーズがどちらの海流に乗りどちらに流されたのかは分からない。不安を背負いながら、二人はシュビットとカルデアスをつなぐ唯一の港、ポートシエルへと到着した。すぐにポートシエルの漁師や貿易船などに情報を求めたが、海で人を発見したという情報は得られなかった。レンヌもカミーラを追って行ってしまい、二人の男は途方に暮れた。とにかくその土地で一泊し、翌朝もう一度情報を集めようということになった。
「明日情報が得られなかったら、この大陸にあるエルフの森へ行こう」
宿屋でセライドがそう持ちかけた。
「エルフの森へ?」
「あぁ、俺も行ったことはないが場所はある程度分かるし。俺ではレンヌが使ったように魔獣を扱うことが出来ないんだ。魔獣自体に意識がないと気配を追わせるなんてこと出来ないし、魔獣に俺の六感を同調させることは出来るんだが、ウィズが遠くにいる場合魔獣が維持できなくなって駄目だ」
なるほど、とバルドが頷くのを確認してからセライドは次の言葉を告いだ。
「エルフの中でも村によって別系統の魔術を受け継いでいる可能がある。協力してもらえたら、そちらの方が早く見つかると思う」
あくまでも見つかることを信じて、二人はその方向で明日から行動することになった。一人は家臣として、決してウィザーズの死を信じなかった。もう一人は、親友としてだろうか。とにかく、今まで一緒に並んで歩いていたのだから。
翌朝は雨で、海は大いに荒れていた。港に出る漁師もいなく、貿易船も出航する見通しはない。情報を何も得られぬまま、二人の男はポートシエルを発った。セライドの記憶を頼りにして、魔獣に乗り、第三大陸の上空を飛行した。雲の上に出るには、雨雲を通らなければならなく、雷を懸念したセライドは低空を飛行した。雨が体を打つ中、カルデアスの中でも最も広い領土を持つムアストレイ王国へと入った。領土の北東に大きな森があり、そこからエルフの気配がするのを感じたセライドは、国の者に見つからぬよう魔獣の高度を下げ、森の中に無理矢理降り立った。そこで魔獣を消し、歩き始めた。丸一日飛んでいたが、二人とも睡眠はとらなかった。二人を突き動かしていたのはウィザーズの存在だった。ただ、それだけである。
下草を刈ったりせずに歩いていたセライドは後ろのバルドが苦心していることに気付いたのか少しペースを落とす。さらに少し下草を踏みならしているようだ。道を残しておくつもりだが、迷いはしないだろうと自分でも分かっていた。不意にセライドが立ち止まる。そして何か考え込むように口元に指を当てて視線を動かす。
「何か?」
「いや、やはり村が違うと習慣も違うのかなと」
「…分からないのであれば、自分の村の習慣に習えば良いのでは?」
「じゃあ、ちょっと悪いな」
すっと頭の布を取ると、セライドはそれでバルドに目隠しをする。
そう言う事か…。
エルフは秘密主義なのだ。しかし目隠しをされては一人では歩けない。どうすればいいのかという素朴な疑問も浮かぶ。するとセライドがバルドの手を取って歩き出す。流石にウィザーズの様に担ぎ上げるというわけにはいかない。なんといってもバルドはセライドより大きい。筋肉質なのでいくら力のあるセライドでも担ぐわけにはいかないのだ。
「本来人間を村に入れてはならないからな。やむを得ない場合はこうして目隠しでもしないと」
「どうしてそこまで」
「さぁな。俺も詳しくは知らない。長老がそう言っているだけだ。そこまでするのなら人間を入れなければいいと思ったこともある。村によっては違うかも知れない。一応だ」
やはり森の近くの町で待っていれば良かったかも知れないと思ったが、此処まで来てそれもないか、と思い直す。とにかく追い出されずに、主君と養女が見つかる事を祈るだけだ。
「おう、来た来た」
やや筋肉質の、肌の黒い男がセライド達を見て手招きをしている。耳が尖っている。エルフだ。
「まぁ、中に入れよ。お連れさんの目隠し取ってやれよな」
そう言って青年はくるっと身を翻し、ゆっくりと歩き始めた。セライドは急いでバルドの目隠しを外し、訳が分からないという顔をしている彼の手を掴んで青年を追いかけた。
誰だ?
自分に問いかけてみても心当たりはない。当たり前のことなのだが、何故か相手は自分のことを知っているような口振りだった。
「アトレー」
「アトレ、お客さん?」
「そうだぞ、だからお前等向こう行ってろ」
青年に飛びつく子供達がレムを思い出させた。けれど明らかに彼らも青年と同じ、セライドとは違っていた。いや、髪の色と瞳の色だけなら同じであった。けれど彼らの肌はセライドとは対照的な褐色の肌。ウィザーズが言っていたことを思い出し、半分確信を持ちながらセライドはようやく青年に並んだ。
「ダークエルフなのか?」
「ん〜、そう言うらしいな。名前の由来は良く知らねぇけど」
「どうして俺達が来ることを?」
「お前に此処が分かったのと同じさ。気配が微妙に違うから狩りに出ている連中じゃないなと思った。そしたら爺…もとい長老が、迎えに行けって言うからさ」
「アトレー!僕らも一緒に遊ぶー!」
「俺は遊んでんじゃない!いいから向こうで遊んでろよ!」
話の途中で次々と子供達が駆け寄って邪魔をする。ついでにバルドの手を掴んでいたままだったことに気付いてセライドは苦笑して手を離し、青年を追いかける。全く事情が呑み込めていないバルドも慌て追いかけていく。
「どうして、見ず知らずの俺を?」
「何か用があって来たんだろ。同じエルフだ。無下に追い返したりはしないさ。昔にもあったしな。エルフが来たこと」
妙に声のトーンが落ちた。表情も、堅くなっている。とセライドが訝しげに顔をしかめると、アトレはそれを察したようにパッと破顔した。
「あ、名前も名乗っていなかったな。さっきから呼ばれているが、俺はアトレだ。お前等は?」
まだ気になっているのか、セライドの顔は暗い。
「セライド…」
「儂はバルドだ」
ふうん、といいながら青年は家の一つに入って行く。セライドが躊躇すると、すぐに再び顔を出して来いよと手招きする。家の中はセライドの村とあまり変わらない。しかし南に来た分、風通しが良い造りになっているようだ。
「その辺に座ってくれ。用件を聞こうか」
「…仲間が馬鹿やって、居場所が分からない。それを捜す魔術か魔法がないかと思って来たんだが」
「ん〜難題だな、いきなり」
近くにある本をめくりながら、アトレは苦笑した。
「儂の養子は魔獣に気配を覚えさせてそれに追わせて見つけたんだが、そう言う事は?」
「…普通は無理…。セイだってできねぇから此処に来たんだろ?」
セライドが頷く。了承も得ないでさらりとセイと言ってくるあたりかなり図々しい。
「その養子もはぐれたのか?」
「今は別行動を取っている。止める暇がなかったので…」
見ていたのか分からないが、アトレは本を閉じた。頭をかいてうなり声をあげる。
「普通は無理なんだよ。遠くに魔獣が行くと、まぁ術者の能力にもよるが、たいがい制御が効かなくなる。バルドさんの養子が使えるって事は、無翼の天使がエルフよりも人間に特別に教えた魔術なのか、それともその養子とやらが相当の能力を持っていたかのどっちかだ」
小さく肩を落とす二人に、アトレも同情したらしい。大きく溜息をつくと、本を置いて立ち上がった。
「まぁ、爺に聞いてみる。待っててもらえるか?年も年だから、あんまり客にはな。すぐ戻ってくる」
立ち去るアトレを見届けると、今度は首を傾げているバルドに目がいった。何か考えているようだ。話しかけることに躊躇していたセライドに気付いたのか、バルドが苦笑する。セライドは何か?という風に首を傾げて見せた。
「いや、その…無翼の天使というのは?」
「俺達エルフの崇めている神だ。昔は人間も信仰していたのだろうが。聞いたことは無いのか?」
「あるには、あるのだが…。そう、詳しくは…」
「俺の村でも詳しいことを知っているのは長老くらいだ。アトレの方が詳しそうだから、訊いてみたらどうだ」
戸惑いながら頷くと、アトレが帰ってきた。
「悪い悪い。どうぞ」
「ありがとう」
盆を持ってきたアトレはそれに乗っているコップを二人に渡す。何の果物かは分からないが、少し甘酸っぱい臭いがする。甘すぎなければいいかと、セライドはそれを口に運ぶ。
「何か?」
バルドが尋ねると、アトレはあっさりと言った。
「うん。無理だという事が」
肩を落とすバルドに、アトレは慌てて付け加えた。
「でもまぁ、俺達とセライド達とでは使う魔法が違うかもしれないし、それを組み合わせたらもしかしたら何とかなるかもしれない、って」
「アトレ…。これ、なんか苦い…」
そうか、と言ってアトレはもっと呑むようにセライドに勧める。首を傾げながらセライドは言われたとおり呑んでいるが、心なしか顔が赤い。もしやと思ってバルドはコップを手にとって自分も一口呑んでみる。これは、只の果汁の類ではない。
「これは、酒では…」
「酒?…酒ってな…」
言いかけてセライドはいきなり後ろに即倒した。
「セイ殿!」
「あはは!酒駄目だったのかぁ、こいつ」
アトレは倒れたセライドを楽しげに見ている。たった一口で酔って倒れるセライドはかなりの勢いで頭を打ったように思えるが、目を回しているようで起きあがらない。しょうがねぇなとアトレは軽々とセライドを担ぎ上げる。セライドは中に鎧を着ているので相当の重さになるはずなのだが、アトレはよろめきもしない。
「寝かせてくるわ」
「あの、アトレ殿」
「何だ?」
「無翼の天使について、少し知りたいのだが」
「あぁ、だったらそこにある本を適当に見といてくれよ。すぐ戻るぜ」
バルドは本棚を見上げた。とても適当に探せる量ではないのだが、行ってしまったアトレを呼び止めることも出来ずに、仕方がなしと立ち上がって本の背表紙を見回した。
一つの本を手に取ってみるが、中を開いても字が読めない。話す言葉は全く同じなのに、文字は全く違っているのだ。エルフ特有の物なのか、その絵文字は、花や木の形に見えなくもない。
「分かったか?…って、無理だよな。普通の人間はエルフ文字なんか読めるわけない」
分かっているのなら適当に見ておいてくれなどと言わなければ良いのだが、どうやら試されていたらしい。
「悪かった。人間と話すのは初めてでさ。どうしても警戒しちまう」
「…いや」
「片腕は、どうしたんだ」
「…これは、戦で失った。もう昔のことだ」
三年前のことを昔のことと言えるようになっている自分に、バルドは少し驚いた。
「そうか…おかしな事訊いたな」
黙って首を振るバルドの、手の中にある杯にアトレはまた酒を注いだ。
「無翼の天使のことだが、文字を覚えるよりは話した方が早いだろうから、俺が聞かせてやるよ」
アトレは立ち上がり、迷いもなく一冊の本を手に取った。
「どんなことが知りたい?」
「…どんなことと、言われてもな…」
「分かった。適当に話すから、知っていることは知っていると言ってくれ」
バルドが頷くと、アトレは酒を一口、口に含んでから話し出した。
「無翼の天使、あんた達人間が古代神族と呼んでいる種族は、古来人間にとってもエルフにとっても同じ、神という存在だった。何故だか、分かるか?」
「…強大な魔力を持っていたから?」
「それもあるな。だがそれだけじゃあ足りない。
一つは彼等が木々や動物と言葉を交わし、その成長さえ操ったこと。もう一つは彼等の寿命がとても長かったこと。
そして彼等は美しく、性別を持たなかった」
咄嗟にバルドは心の中で否定した。
違う!
杯を持つ手が震え、視線は凍りついた。
あの子は儂の娘、人間だ。
心の奥底では分かっていたことを、表面だけで否定する自分。レンヌは初めて会った時に、人間では無いと言ったのに。信じていなかったのは、自分なのだ。
「大丈夫か?おい、バルドさん?」
「…あ…、済まない」
バルドは酒を一気に飲み干した。今までの考えを振り払うように。アトレがその姿を訝しげに眺めていたが、彼の目を気にしている余裕さえなかった。戦場で幾人もの人間を殺してきたが、その血で染まった手を見ても彼の心は揺るがなかった。それが、崩れそうにまでなるのは、どうしてなのか。
「その…その一族は、まだ…生きているのか?」
「…純血の…つまり無性体の一族はもういないはずだ。最後の王が死んだからな」
「王が、いたのか?」
「あぁ。無翼の天使は三つの種に分かれているんだ。陽の光を力とする者達と、月の光、そして水の輝き。それぞれに長がいて、陽王、月姫、水妃の名で呼ばれていた。その王が死んで、無翼の天使はもはや地上から姿を消した」
最後の王の一人。水妃の死を、アトレは目にしていた。この村で最後の眠りについた、無翼の天使。しかしその事はエルフの者達が秘密にしていること。世界中に散らばるエルフの村々によって、水妃の死は闇の中で今も漂っている。
「他に、聞きたいことはあるかい?」
「いや、どうも済まなかった。もう…」
力が抜けきった様子のバルドを気にかけながらも、アトレはセライドの様子を見に出ていった。
頭が重いし、体もだるい。完全に二日酔いの症状だが、セライドには分かるはずもない。呻き声を上げながら目を開くとアトレがよう、と声をかける。アトレ一人だろうか。二人ほどの気配を感じたが、酔いのせいで感覚が鈍っているのかもしれない。
「気分どうだ?」
「頭痛い…、気持ちが悪い…」
ぐったりとしたセライドを、アトレは豪快に笑い飛ばした。
「あはは!二日酔いだな。薬草茶でも飲んでもうしばらく寝てろ」
「でも、あまり時間が…」
「あぁ、それならバルドさんが一度町に戻るってよ。町にいた方が相手も連絡付けやすいだろうしな」
そうかと呟いてセライドは薬草茶を飲む。まだ頭が良く動かない。それでも気ばかりが急く。焦ってばかりではどうしようもないのは、分かってはいるのだ。けれどもあの馬鹿、目を離せば何をするか分からないではないか。
「随分心配なんだな、その仲間」
「…ん、まぁ、放っておくと何するか…」
「楽しげだよな、まったく…」
ふっとアトレが笑った。こういう笑い方もできるのかと、セライドは驚いた。父親の笑い方に似ていたのだ。遠い、誰かを見ているような寂しげで、それでいて温かい。
「しかしさ、お前。ローブの下に良くこんな重い鎧着ているな」
「それを着ていないと長老がうるさい。お前は失ってはならない存在だとか何とか言って」
今度はふうんと薄い表情で呟いて、アトレは指先でセライドの鎧に触れる。薄いプレートだが、ほぼ全身を覆う鎧なので相当な重さになるはずだ。
「馬鹿みたいに過保護だろ」
セライドは自嘲気味に笑った。
「…爺がうるさいからあんまり大した事は言えねぇけど、…例外はいつでもあるもんさ」
アトレの顔に暗い影が落ちた。セライドが不審に思っていると、それに気付いたのかアトレはすぐに破顔した。
「バルドさん送ってくるわ。連絡役もつけるから、何かあったらすぐに知らせが来る」
アトレは身を翻して出ていく。明るかったり、急に暗くなったり妙な奴だと思いながら、セライドは体調がついていかずに、考えることをやめてベッドに横になった。