Chapter 2-3 : 攻防と奪還

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 激しく打ち付ける雨を通り過ぎたと思えば、今度は血の雨になりそうだった。隣でセライドが舌打ちしながら剣を抜く。バルドもサフォムも同様だが、サフォムは少し遠慮がちだ。城への道は、やはり敵が待ち伏せていた。しかしサフォムにとっては同じ祖国の人間。中には見知った顔もいる。出来れば闘いたくなかったが、兵士達はやはり操られているようで、サフォムを見ても何の反応も示さない。

「どうにか殺さない程度に手加減できますか?」
「う…こいつ等が気絶してくれるならな。操られて気絶もしないっていうなら困るけど。セイ、お前の魔法で眠らせたりは出来ないか?」
「…系統がまるで違う。どちらかというとそれは女達が使う魔法に含まれるからな。破壊しまくれと言われたほうが楽だ」

 サフォムの顔が引きつった。それでは国ごと破壊されてしまいそうだ。

「お前、もしかして滅茶苦茶危険思想の持ち主では…」
「あぁ…、どうか穏便にお願いします」
「とにかく一塊で城内に飛びこみましょう」

 バルドがそう提案した時、ウィザーズ達とバイオス国軍の間に、横から別の部隊が飛び込んできた。十数名の兵は皆一様に碧色の服を着ている。

「サフォム!」
「間に合ったか、スタン!」

 スタンと呼ばれた先頭の男が笑った。途端にその碧色の部隊とバイオスの国軍とが激突した。

「王子、今のうちです。城へ乗り込みましょう!」
「良いのか?サフォム」

 サフォムが頷くと、了解、とウィザーズが駆け出した。やや遅れて、しかし余裕でセライドが追いつき、左側につく。バルドは右側につき、サフォムは振りかえりながら叫んだ。

「すぐに魔法を解く。それまで持ちこたえろスタン!」

 男は笑いながら剣を高く上げた。

 あと少しで城内に入れるというところまで来た。

「中に敵がいると思うか?」

 ウィザーズが尋ねた。

「いない方がおかしいでしょうね」

 なんとなく緊張感のないウィザーズに、サフォムが苦笑して応えた。

「もっとも。でも城内の方が少ないだろ」

 城門は閉まっている。馬に乗ったまま突撃するわけにはいかない。セライドがウィザーズを制して、馬上で気を高める。気合の声と共に魔法が放たれた。セライドが先頭で城内へ飛びこみ、杖の止め金を外して剣を抜いた。馬から飛び降り、城内に待ち構えていた三人の兵を斬り倒した。

「三人だけか…?」
「セイ!危ない!」

 後から駆けて来たウィザーズが馬上で叫んだ。

 完全に気絶していなかった男が立ち上がってセライドに刃を向ける。セライドも剣を振りかざそうとし、ウィザーズも飛びこんでくるが、間に合わない。が、別の方向から刃が飛んできて男の剣をはじき、次いで男を床へ引き戻す。

「おう、間に合った間に合った。まだ五体満足だな。何より何より」
「アト…!」

 セライドの首に手が回され抱きすくめられる。鳥肌が立ったかもしれないが硬直の方が強くて良く分からなかった。

「あはは!とりあえず幽霊じゃあないな」
「セイ…お前そういう趣味だったのか…」

 セライドが無言の怒りをアトレにぶつけた。

「アトレ、一体何のつもりだ」
「あ、誤解するなよ少年。俺は女の子の方が好きだぞ」

 セライドに小突かれた頭を撫でながら、アトレは笑った。

「それはどうでも良いけど、お前誰だよ」

 ウィザーズが尋ねると、セライドの方を向いてアトレが応える。

「セライドの保護者?」
「誰がだ!」

 セライドが怒りを爆発させたのでアトレは笑いながら逃げる。その時に倒れている男を踏みつけ、男は呻き声を漏らしたが大丈夫なのだろうか。

「結局誰なんだ、こいつは」
「お前が行方不明になっていた時に世話になったダークエルフだ」

 実際には酒を飲まされたりで、あまり世話になったとも言いがたい。

「おう、実に簡潔で分かりやすい説明だな」

 おどけるアトレ。

「結局、何しに来たんだ…」
「冷たいぞ、加勢に来たのに」
「それは有難いが、どうやって追ってこられたのだアトレ殿」

 怒ったような振りをしていたアトレはバルドに問われて言葉を詰まらせる。神様に手伝ってもらったとは言いがたい。アトレはフッと笑って開き直ったように立ち直る。

「細かい事気にするな。でかくなれんぞ」

 今度はバルドが言葉に詰まった。今更どれ程でかくなれというのだろう。

「あの、短刀で傷つけたくらいではすぐに気付くのでは」
「大丈夫。何たって痺れ薬をたっぷりと塗ってあるからな。でもその薬草捜すのに大分かかったけど」
「何だか使えるのか使えないのか分からねぇ奴…」

 呆れるウィザーズにもっと呆れた様子でセライドが呟いた。

「いくらでも使え。俺が許す」

 アトレが何やら文句を言っているようだがそれを制するように城内に敵が近づく。

「儂が残りましょう。ウィザーズ様とサフォム殿のは上へ!」

 バルドは背負った剣に手をかけた。

「しかし、お前一人では…」
「俺も残る。心配するな」
「セイが残るなら俺も」

 アトレが嬉しそうに横に並ぶ。セライドはそれを押しのけた。

「お前は行け!」
「なぁ、アトレって言ったけ。お前悪女好き?」

 冷たいセライドに絡んでいたアトレはウィザーズの言葉を聞き損ねた。

「は?」
「悪女好きかって聞いたんだよ」
「あぁ、嫌い!俺は元気で可愛い女の子が好きなんだ」
「よし、合格!来い!」

 アトレはその褐色の肌をウィザーズに掴まれた。

「はぁ?何が合格?」
「う〜ん、確かに合格。こちらです、王子!」

 駆け出すサフォムを追って、ウィザーズもアトレの腕を掴んだまま走り出した。

「何でさらわれなきゃいけないんだぁ、俺は。セライド!帰って来るまで無事でいろよ!」

 二度と帰ってくるな、というお約束の言葉をセライドは寸でのところで止めた。

 ウィザーズはアトレの腕を掴んだまま、軽々と階段を駆け上がって行くサフォムを追う。アトレもそのまま引きずられては痛い目に合いそうなので真面目に走り始める。城内にいた兵士がニ・三人襲い掛かってきたがアトレの痺れ薬入ナイフで一気に倒れる。

「それ良いな、楽で。まだ残っているのか、薬」
「作るの大変なんだぞ、少年。それに太刀には向かない。短刀みたいに致命傷を与えにくいものの方が良いんだ」

 ふうんと少し不満そうにウィザーズは応える。

「この階か、サフォム」
「前はこの階にいましたが、どうでしょうね。会ったのが廊下でしたから、今日はそうもいかないでしょう」
「悪女かどうかは分からないが、どうも穏やかじゃない気配なら上の方に有るぞ」

 思わずウィザーズとサフォムは顔を見合わせた。どうするんだ、と問いかけながらアトレは再び襲い掛かってきた兵を斬りつける。

「素朴な質問。何で分かるんだ」
「俺は特異体質でさ。気配とかには敏感なんだよ。人間、エルフ、魔物の気配とか、ちょっと遠けりゃ自分にとって良いか悪いかとか、な。この距離じゃあ、滅茶苦茶良くないとしか言いようがないけど」
「…とりあえずここで立ち尽くしていても仕方がありません。彼の言う通り上へ上がってみましょう」
「じゃあお前先頭な。気配探知機」
「嫌だな…その言い方…」

 ぶつぶつ文句を言いながらもアトレは二段飛ばしにさっさと階段を上って行く。なかなかの早さに慌ててウィザーズとサフォムは後を追いかける。たっぷりニ・三階分駆けあがった後、息も切らせていないアトレは不意に壁に背をつけて立ち止まる。

「体力まで特殊なのかよ、エルフは…」
「鍛え方の問題だ。それより、やばいかも」

 首だけを動かし、アトレは何かを探っていた。

「何がですか?」
「少年が行けといったから来てみたが、ちょっと迂闊だったかな。俺とした事が」
「少年じゃあなくて、ウィズで良い。何がやばいんだ」

 ウィザーズもアトレの向いている方を探るようにして首を前へ伸ばす。

「覗かない方がいい。魔獣達が徘徊しているぞ」

 驚いたウィザーズは後へ飛び退き、壁際に下がる。しかし動作が大げさだったので間が抜けて見えた。ぷっ、とアトレが吹き出したが言い返せる要素もない。ウィザーズはむくれて見せただけだった。

「いつまでここにへばり付いているんだよ」
「別にへばりついていなくても良いんだけど。ここは仕掛けが無さそうだからな。そこにいるのは魔術で造られた物だから大声出し過ぎて術者に気づかれたりしなければ良いんだ。でも術者に侵入を知らせる仕掛けはあるはずだから、迂闊に動くと全て相手にしなきゃあならない。つーても、魔法使えないお前さんに言っても理解出来ねぇか」
「…つまり仕掛けに引っかからずに進むか、強行突破か、だろ?」
「そうそう、良く出来ました!」

 音を立てずに拍手するアトレは何気にウィザーズを馬鹿にしている。しかしそれにでさえ、ウィザーズは気付かないのだ。サフォムが頭を押さえるのも当然だ。

「でも危険ですよ。魔獣相手に三人では。人間と違って核を壊すか術者を倒す以外に方法はありませんよ」
「もう一つ、方法があるんだな」

 フッフッと何やらアトレは怪しげな笑いを漏らす。いや自分自身の作戦に悦っているだけのようにも聞こえる。何はともあれ、

 嫌な予感…。

とウィザーズとサフォムはそれぞれ表情に映し出す。

「厄介者は追っ払っちまえ!作戦。つー事で、敵さんが何がなんでも追っかけて行きたくなるようなのは誰だ」
「王子じゃあないですかね、何と言っても」
「いや、サフォムだって奴をこっぴどくふったそうだし、相当恨んでいるぞ」
「ようは二人共なんだな?とりあえず何か身につけている要らない物出せや。髪の毛とかでも良いぞ」

 首を傾げながらも二人は差し出されたアトレの手の上に、ウィザーズは髪の毛を、サフォムは髪を結んでいるリボンを乗せた。それを受け取るとアトレは呪文を唱え始めた。セライドが魔獣を造り出す時に唱えるのと似ている呪文だ。ウィザーズのイメージに近い魔獣が出来あがる。

「魔獣なんかどうするんだよ」
「ただの魔獣じゃあないぞ。敵さんに二人だと誤解させてくれる立派な囮だ」

 不思議と不安の混じった顔で見つめるウィザーズにアトレが余裕の笑みを見せた。

「まぁ見ていな。邪魔者には即刻退場してもらおう。あぁ、危ないから壁の方に下がっていな」

 アトレが魔獣を放つと二匹の魔獣は廊下の方に消える。しばらく経つと何か騒動が起こったような物音がする。アトレの魔獣は宙に浮いていたので敵側のものだろう。間もなくアトレの魔獣がものすごい勢いで戻ってきて目の前を通過する。それに続いて敵の魔獣達もそれを追いかけて階段を降りていく。

「な、何だ?」
「行くぞ」

 どきどきする心臓を押さえているのはウィザーズだけではない。横に並んで立っていたサフォムもだ。一人平然と先を急ぐのはからくりを知っているアトレだけだ。

「あ、待てよ」
「この部屋だな」

 アトレは一つの大きな扉の前で立ち止まった。それは先程敵側の魔獣達がたむろしていた所だった。

「ここは、謁見の間…?」

 サフォムが呟いた。

「対面には丁度良いじゃあないか」

 アトレが不敵に微笑み扉を押す。

 広間に一人、女が立っている。赤い熟れた柘榴のような服を着て、勢いよく振りかえるその表情には訝しげな色が浮かんでいた。なぜが入ってきたのはダークエルフ。しかしすぐ様ウィザーズとサフォムの姿も現れる。カミーラは笑った。紅を塗った唇を両脇に引いて。

「お久しゅうございますわね。王子様」

 そのカミーラの言葉にウィザーズは皮肉めいた表情と共に言葉を返した。

「元気そうで何よりだ。お互いにな」
「全くですわ。でも国王殺しの王子様。大人しく新しい国王様に殺されていた方が良かったのでは有りませんこと?」

 本来国王が座るべき数段他よりも高い席に、カミーラは腰掛けた。組む脚は白く、男を誘惑する。アトレが一人、緊張感のない様子ではぁー、息を漏らす。

「誘惑されないでくださいよ」

 サフォムが心配そうに言うのは、自分も誘惑されかけたからだろうか。

「いやー、これが悪女かぁ。確かに好みじゃあないな」

 カミーラが下唇を噛んだ。微かに怒りに震えた声で、それでも怒りに流されぬようにしながらウィザーズとの話しを続けた。

「アゼル様に従うつもりは有りませんこと?私達は婚約者同士ですものね、口利きは致しましてよ」

 ウィザーズの目が鋭くなったのを、サフォムは見逃さなかった。こんな表情もするのだと、笑顔ばかりを見ていたサフォムは思った。人を威圧する力は、確かに持っている。

「カミーラ。今まで言わなかったが、俺は年上の女は嫌いだ。それに化粧の濃い女も。俺は恥じらいのある清純な相手と結婚するぞ。お前とは死んでも嫌だ」

 きっぱりと言い捨てたウィザーズは剣を抜く。

「だけど、俺は勿論死なない。歯向かうのであれば、女でも容赦はしないぞ」

 カミーラはヒールを鳴らして立ち上がった。

「威勢の良い単細胞だこと。私を侮辱して、死なないでいられると思っているのね」

 その金色の髪が逆立たんばかりに怒りが現れ、カミーラは声を裏返した。

「かかっていらっしゃい。反逆者!」

 カミーラは呪文を唱えた。王座の前に用意されていたエメラルドが魔獣へと変わる。身構えるウィザーズの前に、立ちはだかったのはアトレであった。

「魔獣は任しときな。悪女の始末は任せたぜ」

 短剣を構えるアトレの回りに魔獣達が集まる。薬は塗っていないやつだがな、と口の中で呟くが誰かに聞いてもらいたかった訳ではない。サフォムは剣に手をかけたまま戸惑った様子でいる。そんなサフォムにウィザーズが呼びかけた。

「サフォム、援護を頼む!」

 呼びかけられて、サフォムは剣を抜いた。、

「承知しました!」

 カミーラの繰り出す魔法攻撃を上手く避けながら、ウィザーズは王座へ突っ込んで行った。補助するサフォムは少し遅い。女だからとか、そういう感情はウィザーズには無かった。相手が一人だからといって、手加減する気も無い。それが戦いだと思っていた。

 だから、俺は正義じゃあない。

 行きがけにレンヌに問われた事を思い出す。一体どういうつもりで、レンヌはあんな質問をしたのだろう。

 王座から流れてくる甘い香りは、カミーラから放たれているものだった。ウィザーズは躊躇することなく、剣を振り上げた。

「覚悟しろ、カミーラ!」

 カミーラの顔がゆがんだ。しかしそれは苦しみや痛みの顔ではなく、笑いの顔だった。

「ふふっ。その言葉、そっくりお返しするわよ、王子様」
「何!」

 床から突如として砂塵のような物が溢れる。危険を感じたウィザーズは剣で防御するが、構わず砂は突っ込んでくる。剣が折れたが、それは砂に飲み込まれ、さらにそれが手のように伸びてウィザーズの首に掴みかかる。

「なっ…何だ?ぐっ…」

 その手のような砂塵の塊がぐっとウィザーズの首を締め上げる。

「王子!」
「少年!」

 サフォムとアトレが叫んだ。助けようとしたサフォムの足元に、カミーラではない人物から魔法が放たれる。

「くっ!」

 サフォムは階段から足を踏み外し、大きく後へ倒れこんだ。魔獣を倒し終えたアトレがサフォムの体を受け止める。

「動くと、ためになりませぬぞ。その魔獣は人間など軽く握りつぶすでしょうからな」

 枯れ枝のような手が、ぬっと赤色のカーテンから現れる。王座の後ろに隠れていたのは、ランブルゲン王国で一戦交えたグロージェスだった。

「…グロ…ジェス…貴様…」

 黒い深い闇のような瞳をした男だった。笑う時もその目を見開いたままだ。

「私としてはもう少し楽しませていただきたいのですがね、王子。もっと楽しみなことが、この後で待っているのですよ」

 歯の隙間から漏れる音が、笑い声だと気付くとサフォムもアトレも身震いした。カミーラの方を向いて、グロージェスはもう一度笑った。カミーラの表情は強張ったまま、笑わない。

「そこのダークエルフ!」

 カミーラは無理に視線を反らして、グロージェスの視線から逃れた。

「サフォムもよ、剣を捨てなさい。この魔獣の方にね」

 そう言ってカミーラはウィザーズを捕まえている魔獣を指す。グロージェスも隣に並んだ。魔獣は砂でできているというのに、流れど流れど絶えることは無い。それが妙に不気味だった。

 仕方なく、サフォムとアトレは自分達の剣を投げようと構える。

「何とか出来ないんですか?」

 魔術の使えるアトレに、サフォムは囁きかける。

「駄目だ。あの魔獣はこの城を媒体にしている。城ごとぶっ壊して良い訳じゃあないだろ?」

 サフォムもこれには言葉を詰まらせる。城の奪回が目的であるのに、その城が壊れてしまっては困る。しかもセライドといいこのアトレといい、エルフは手加減がなさそうだ。壊すと言ったら徹底的に壊すであろう。

「構うな!サフォム、アトレ!っう…」

 ぐっと息が詰まる。

「怒鳴ったりなさるから、魔獣が驚いて締めすぎてしまいましたぞ」

 ウィザーズは声も出ないほどに首を締め上げられた。アトレが叫ぶ。

「待て!」

 不意に、床を突き破るでもなく、木の枝が石造りの床の隙間から伸びてくる。カミーラとグロージェスが驚いている所を見ると、二人の仕業ではないらしい。では止めようとしたアトレであろうかと、サフォムはアトレを伺った。しかし彼もまた呆然と事態を見守っている。そうこうしているうちに、枝はウィザーズと魔獣を引き離し、ウィザーズは受身をとる間もなく床の上に落ちる。

「いって!」

 階段を転げ落ちるウィザーズを受け止め、アトレとサフォムが助け起こす。

「大丈夫か、少年」
「王子!お怪我は?」
「どうしたというの!グロージェス!」

 髪を乱し振り向くカミーラの瞳には、ただ呆然と立ち尽くすグロージェスの姿があった。

 ウィザーズと魔獣とを引き離した木の枝は、そのまますうっと消え去った。その代わりに白い大きな物が床から現れる。やはりそれも城を崩すことがない。全体を現したそれはゆっくりと首を動かし、ウィザーズの方を見据えたように見えた。ウィザーズの方もその白い動物―魔術で造られた竜を見返す。

『下らぬ罠に引っかかりおって…。心配が的中したか』

 獣の声が謁見の間にとどろく。ウィザーズを抱えていたアトレが呟いた。

「天使の翼…。特殊魔獣白竜かよ…」

 魔獣が魔術を使うなんてな…。流石に無翼の天使を守護するだけのことはある。

 圧倒的な力を見せつけられた気がした。冷や汗が額を伝う。サフォムは緊張するアトレと対照的なウィザーズを心配げに見つめていた。ウィザーズはぽっかりと開けていた口をやっと動かした。その言葉はアトレでもなくましてサフォムでもない、目の前の魔獣に向けられて発せられた。

「お前…は、レンヌの魔獣か?」

 白竜の太い尾が、ぴくりと動いた。

『…気が違うたか?姫以外で我等の言を解する者がいようはすがない…』

 ウィザーズの方を向いて背を向けた魔獣に、カミーラは驚愕した。こんなに大きな魔獣は見たことが無かった。アゼルの造り出した魔獣でさえ、この魔獣の半分くらいの大きさしかなかったはずだ。

 アゼル以上に魔術を操る人間がいるというの?

立ち尽くすカミーラの隣で、グロージェスが舌打ちした。

 まさか、あの子供が?

グロージェスは第一大陸のランブルゲンで出会った黒いローブの少年を思い出していた。確信は無かったが、可能性が無いとも言えない。グロージェスの張った結界を破り、放った魔法を防いだあの少年。

 どちらにせよ、あの時始末しておけば良かった…。

これ程の魔獣を造り出せる人間がウィザーズ側に付いているのだとしたら、今はアゼル側についている自分にとって不利になることだろう。

 白竜の背に隠れてしまったカミーラとグロージェスのことはウィザーズの頭からすぐに離れた。彼にとって、今大事なことは、あの二人ではない。

「姫…やはりお前はレンヌの創った魔獣だな?レンヌは無事なのか?ミディクは?」

 必死に語り掛けるウィザーズの言葉は、サフォムにとって理解しがたい物だった。

「王子?一体誰に向かって…」

 言いかけたサフォムはアトレに止められた。

「しっ。黙って聞いててみよう」

 小声で囁くアトレの言葉は、ウィザーズの耳には入らない。視線は白く光る魔獣に向けられて、よそを見ようともしない。

『本当に聞こえているのか、人間よ』

 疑わしげに白竜は問うがサフォムは勿論、アトレにすらその言葉はただの獣の鳴き声にしか聞こえない。しかし白竜の視線と雰囲気から、それがウィザーズに向かって何か問い掛けているというのは分かる。ウィザーズは白竜の頑固さにか何なのか、とにかくむっとしたような表情をみせた。

「錯乱するな!俺の質問に答えろ。お前達の姫は無事なのか聞いている!」

 助けてもらった割には態度でかいよな、少年…。

アトレは腕組をして第三者の立場へ回り、考えた。ウィザーズの言葉に、怒ったように獣の声がけたたましく響く。サフォムがアトレの隣で微かに耳を押さえる仕種をした。

『…口の利き方に気を付けろ、身の程知らずが!お前のような者が姫と呼んで良い御方ではないわ!』

 ウィザーズはその声の大きさに臆することもなく、また怒られた事も気にしている様子は無い。ただじっと視線を反らさずに、白竜を見つめて言った。

「無事か?」
『でなければ…我がこのような所まで出向くはずがない』
「あぁ、そうだな。ならいい」

 ウィザーズはやっと安心したように微笑んだ。

『我の声が聞こえるのであれば丁度良い。人で我等の言を解する者など今だかつていなかったが。小僧、我が言を継げ。人とエルフに王の言を継げよ』

 ウィザーズが言葉の意味を理解せずに首を傾げるや否や、口の自由が利かなくなった。自分の意思とは関係なく、行くぞという言葉が頭の中に響くと、同時に口から同じ言葉が漏れる。頭の中で響くのは白竜の声。それと同じ言葉をウィザーズの口が紡ぐ。

「『汝等が神と崇めたる者、我等の王から最後の警告を継ぐ。古の時、汝等が王と交わした盟約を、今一度汝等に告げよう。
 魔法を用いて自然を破壊してはならぬ。自然は魔法に対する抵抗力がない。自然は人やエルフの気で破壊してはならぬ。また魔術で他者を殺してはならない。自然はそれを覚えている。罪悪感に駆られるのは汝等でなく、自然である。かような事があってはならない。あくまでも汝等と自然は共存してこそ在るのだ。禁忌を犯した者は最後の王が審判を下す。一人の者のために全てが滅ぶ事もある。
 良いか、これが最後の警告だ。しかと汝等に継いだぞ』」

 ウィザーズの縛られていた口が元に戻った。口が勝手に動いたことに驚嘆していたせいか、言った言葉は理解できていなかった。改めて考えようとするウィザーズ。しかし白竜は白いその姿を消そうとしていた。

『我の役目は果たした』

 消え行く白竜の尾を、ウィザーズは咄嗟に掴んだ。

「待てよ!」
「ここは、退いた方がよろしいようですな」

 グロージェスをカミーラはそれぞれ魔獣を造り出して去ろうとする。その後姿に向かって、ウィザーズが叫んだ。

「お前等!アゼルにも伝えておけよ!俺は忘れたからな!」

 最後の言葉に白竜が顔をしかめたが、ウィザーズは気にも留めなかった。ウィザーズに掴まれた尾を、乱暴に引き離すと白竜はウィザーズを睨みつけた。

『何用だ、小僧』

 とりあえず帰らないでいてくれたことに、ウィザーズはお礼のつもりで笑顔を返した。

「帰り乗せてってくれよ。馬よりも速そうだしさ、お前」

 しれっとした言い方に、白竜はますます顔をしかめ、目つきを悪くする。

『我に命を下すのは王だけだ。我が背に乗ることを許すのもな』
「じゃあ咥えるとか、足で掴むとか」
『諦めの悪い奴だ。人間とはそういうものか』

 フッと白竜がきつく吊り上げていた目を緩めた。

「お前が主人を心配しているように、俺達もお前の主人を心配しているってことだよ」

 ウィザーズと視線をそらし、来た時と同様に床をすり抜けて、白竜は沈んで行く。あっ、とウィザーズが尾を掴み直すが、それすらすり抜けてしまう。

「待てよ!」
『ここは狭くてかなわぬ。表で待っている故、さっさと来い。遅ければ置いて行くぞ』

 ぱっ、とウィザーズの顔が輝く。

「サンキュー!おい、セイとバルドを迎えに行くぞ!」

 いきなりそんなことを言われても、サフォムとアトレには白竜とウィザーズの会話の内容がわからない。いや、会話というよりはウィザーズの独り言にしか思えない状況だったのだ。

「結局どう話がまとまったんだ?少年」
「ミディクまで送ってくれるってさ」
「竜はかなり上空を飛ぶ魔獣だぜ。大丈夫か?」

 意味が分かっていないのか、ウィザーズは大丈夫だろと気軽に言って謁見の間を出て行く。

 そりゃ少年は大丈夫だろうさ。俺が心配してんのはバルドさんのほうだよ。

アトレはそう思いながらもウィザーズの後を追って出て行った。サフォムは誰もいなくなった部屋に転がるウィザーズの剣を拾い上げた。半ばから二つに折れてしまった剣を見て、サフォムは自分の服の裾で剣についた砂を落とした。

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