青学最強(バ)カップル---------------------------------------------------------------------------------
「は?」
菊丸はコロッケパンに齧りつこうとしていた口から、思わず大きな疑問符を出した。見上げる手塚の顔は真剣そのもので、菊丸はおそらく自分の聞き間違いだろうと思って口をあんぐり開けたまま、向かいでベーグルサンドを手にしていた親友を見やった。
止まってしまった菊丸と違って、不二は両手で持っていたベーグルサンドをしっかり口に入れて、菊丸よりはよほど上品に端を齧りとると、中学生男子としては優雅すぎるくらいに口元を片手で隠し、もぐもぐと口の中の食べ物を噛んで、こくりと飲み込んだ。その当たり前すぎるくらいのんびりとした態度に、菊丸がやはり先ほどのは自分の聞き間違いだったのだと安堵した瞬間、不二はお行儀よく口の中のものを処理した後に首を傾げ、にっこりと笑って答えた。
「うん、いいよ」
「はぁ?」
なんだ、なんだ。一体いまの会話は何だったんだ? と思ったのは菊丸だけではない。六組の生徒は皆口をもぞもぞと動かして、先ほどの手塚の言葉、そして不二の返事を繰り返し呪文のように唱え始めた。見上げた根性で、マイクを手塚の方へ向けたままの広報部員も、頭が考えることを放棄して事態がよく呑み込めていない様子だ。
あぁ〜あれだ。手塚が不二に、結婚してくれって言った。プロポーズってやつだにゃ。んで、不二はそれににっこり笑っていいよ、って返事した。プロポーズ成立万々歳。んじゃ二人は結婚すんだ。手塚と不二が。……手塚と、不二が、結婚?
無理だ。手塚国光、中学三年十月七日生まれ。十五歳。不二周助、同じく中学三年生二月二十九日生まれの十四歳。年齢的に結婚できない。いや、見たくないけれど、現実をよく見よう、と菊丸は頭を押さえた。年齢の問題はいずれクリアできる。それよりも問題なのは――
……そもそも男同士じゃん。
少なくとも日本では法律上男同士は結婚できないという障害を、どちらかが性転換でもしない限り克服できない。眠い公民の時間を欲望のままに眠って過ごしていた菊丸にだってそれくらいのことは分かる。しっかり起きて授業を受けていた不二や、学年五位以内を常にキープしていた手塚が知らないわけがない。それなのに何だ、この堂々とした告白劇は。手塚がこんな場面で冗談を言うとは思えないが、天才不二周助ならとんでもない事態を面白がって、ますますややこしくさせようと演技している可能性がある。
自然と不二の方に集まる視線を受けつつ、当人は目の前に仁王立ちしている手塚を見上げながら、食べかけのベーグルサンドを机に広げたランチョンマットの上に置いて思案顔で口を開いた。
「いいけど……でも、お互いに自分の身も養えない身分でいきなり結婚はどうかな。僕らまだ学生だし」
いかにも常識的模範生、みたいなしっかりした口調で苦言を呈すべきは、
「そこかよ!」
もっとあるだろ! 指摘しなきゃいけない大前提が! 震源地となった六組だけではない。放送を聞いていた全校生徒、教職員がこころを込めて突っ込んだ。しかしその盛大な突っ込みを意に介さず、手塚は完全に不二の言葉しか聞いていない。
「そうだな。やはりそれなりに稼ぎをもってからにするべきか……」
その顔で稼ぎとか言われるとめちゃくちゃリアルですね、手塚元生徒会長殿。ぼそぼそと青柳が呟いたその台詞が、スピーカーから聞こえてきて、リスナーは全員しっかり頷いた。
未だ続く余震に脳みそごと揺さぶられた青学の全校生徒、教職員がまともな思考を取り戻そうと必死になって努力している間にも、告白劇に真剣なカリスマと天才は二人だけの世界に浸りきっていた。
「では、言い直そう。不二、俺と結婚を前提に付き合ってくれ」
睨んでいるのではないか、と勘違いされるような鋭い目つきで、きりりと手塚が申し込めば、
「喜んで」
こっちは蕩けそうな顔でにっこり不二が答える。白い頬をちょっとだけ赤らめて微笑む天才に、それを見ていた他の男性陣もうっかり突っ込みを忘れて胸が高鳴ったりなんかしちゃっ
……たら駄目だろう!
うがぁ! っと”まともそうな思考”を取り戻し、立ち上がったのは震源地の一番近くにいた菊丸英二その人である。
「喜ぶなぁ! そんな可愛い顔で、頬染めちゃったりして……喜んじゃ駄目だにゃ!」
いや、本当は親友が喜んでくれるのは菊丸としては大変嬉しいことであって、不二の満開の笑顔は大好きだ。けれどこの状況で――あの手塚にお付き合いを申し込まれたこの状況で!――それを喜んで笑顔全開というのは何だかとっても認めがたい。そういう気持ちをいっぱいいっぱい詰め込んで叫んだ菊丸に対して、不二はきょとんとして首を傾げた。
「どうしたの、英二。急に叫んで。コロッケパン、中身落ちてるよ」
言われて手元を見ると、確かに菊丸の手に残っていたのはコロッケの抜けた後のコロッケパン(偽)とキャベツだけだった。大切な昼ご飯が、と呆然として机の上へと視線を落とすと、そこにはパンから飛び出したコロッケが無惨に潰れていた。
コロッケパン 中身落ちたら ただのパン。
なんて心の一句詠んでいる場合ではない。机の上ならまだパンに挟み直して食べることができる、と菊丸は前向きに判断した。お腹は空いているけれど、ここで食べ物を優先するのは青学のためにならない、と菊丸は愛校心を発揮して叫んだ。実際は青学のため、というよりも自分の精神安定上どうしてもこの問題を追究しなければならないというだけだったのだが。
「不二!」
意気込んで呼べば、相手は目を細めていつもの笑顔。
「なに?」
いや、いつものというよりは幾分輝きが増している。理由はさておき、親友殿の機嫌は最高に良いようだ。それがまた菊丸にとっては不審で、不満なのだ。
「お前……絶対この事態をおもしろがってるだろ! いいか、「喜んで(はあと)」なんて可愛すぎる笑顔ふりまいちゃったら、手塚が本気にしちゃうだろ! 冗談じゃあすまされないぞ!」
色々とんでもない状況を、素で楽しんでしまえる天才を疑って、菊丸はそう叫んだのだけれど反論は別の場所から上がった。
「本気なのだから本気にしても構わないだろう」
しれっと口を挟んでくる手塚に、菊丸は頭を押さえ、そしてビシッと廊下を指差した。
「て〜づ〜かぁ! お前はちょっと保健室行ってこい! 熱ある、絶対熱があるって!」
しかも相当な高熱だ。でなければこんなトンデモないことを言い出すはずがない、と思いたい。事ここに至っても。しかしその願い空しく、冷静な指摘はやはり当事者とは別の場所から上がってきたのだ。
「いや、熱はないようだな。手塚の平熱は三十六度二分。今は三十六度四分といったところか」
そう言って手塚の額に指先で触れた男は、反対の出て自分の眼鏡をくい、と持ち上げた。うざいくらいの長身。そして不気味に光る逆光眼鏡。
ちょっと待て、お前指先で人の熱が測れんのかよって、そもそもどうしてこの教室にお前がいるの?
無言の指摘はもっともで、いつの間にか教室に入り込んでいた乾貞治、青学テニス部のデータマンのクラスは三年十一組のはずだ。いまは昼休み中だから、他のクラスに出没すること事態は咎める事ではないわけだが、多くの生徒は自分のクラス以外の教室に出入りする時は気を使うものであって、一旦は廊下に立って、中の人間を呼ぶか声をかけるかするのが普通なのだ。しかし乾はするりと教室に入ってきた。テニス部内での連絡もなくなって、三年六組に顔を出す事も少なくなっていた男が。
「あれ、乾。お昼は?」
何の用だ、と尋ねない辺りが不二だ。一応ここまでのやりとりが、データマンの好奇心をえらく刺激するものだという自覚はあるらしい。
「食べ終えた。こんな事態は逃せないと思ってね。でも空腹のままでは午後が辛くなるから、我ながら体に悪い食べ方をしたと思うよ」
乾はそう言って腹をさすった。眼鏡の奥はいつも通り逆光で拝めないが、心なしか表情がげっそりしているような気もするから本当に凄い勢いで食べてきたのだろう。何もそこまでして、という奴は誰もいない。いま起きていることは乾じゃなくても押さえておきたい珍事だ。だが珍事だという認識は全くない手塚は、慌てて昼飯をかっ込んできた乾を見て、不思議そうにほんの少し首を傾げた。
「俺のように持ってくれば良かったのではないか?」
そういう手塚の手には布に包まれた弁当箱、らしきものがあることに菊丸は初めて気づいた。いつもなら教室に入った途端に気づいていてよさそうな乾でさえ、弁当箱の存在にいま気づいたようで眉がぴくりと反応した。
「……持ってきていたのか。意外と冷静だな、手塚」
そして乾は意外と動揺しているらしい。手にした大学ノートに何やら書き込むその手も、心なしか震えているように見える。
「あ、じゃあ一緒に食べようよ、手塚。僕もまだ残ってるから、のんびりしていると休み時間が終わっちゃうよ」
「あぁ、そうだな」
頷くと手塚は手近な空いている椅子を引っ張り、不二のランチョンマットが広げられた机の隅に持参した弁当箱を置いた。ちなみに同じ机にはまだ菊丸の持っているパンから飛び出したコロッケが潰れている。
「こらこらこら。お前ら、つい先ほどちょー爆弾発言したの分かってます? のんきに昼飯食ってる場合じゃないから。冗談だったんですっていうなら、今のうちに言って謝っておけ? 放送聞いている全校生徒教職員の皆様に迷惑だから、ね?」
コロッケを回収してパンに挟んでから、空いた場所をバンバンと叩いて誰も言えないこの場での正論を主張する菊丸は、学校内でちょっとした救世主扱いになっていた。
「確かに、校内放送使って告白たれ流したのって、多分君が初めてだろうね、手塚。青学初っていうか、もしかしたら世界初?」
いつの間にか青柳からマイクを奪った乾が、弁当を広げ出した手塚に向けてインタビューアーの真似事をしている。手塚は向けられたマイクに、その存在を改めて思い出したようで、一瞬だけ眉をひそめたがそれだけだった。彼にとって、自分のプロポーズと交際申し込み――普通は順番が逆であることは言うまでもない――が全校放送されていようと、世界に発信されようと、それがどうしたという程度のものらしい。
「あぁ……放送していたのだったな。すっかり忘れていた。まぁ、わざわざ吹聴して回ることではないが、知られて困ることでもないだろう。それとも、お前は嫌だったか? 不二」
普通は嫌だよ、秘め事だよ、と思ったのはおそらく女子よりも男子の方が多かっただろう。ロマンティックな年頃なのだ。
「いや、困れよそこは」
救世主菊丸がたまらず突っ込むが、同じ男子でもロマンティックでも、図抜けて――ぶっ飛んで――いる手塚と不二は聞いてもいない。
「嫌じゃあないよ。こそこそするのは陰謀だけで十分だから、いいんじゃあない? 堂々とお付き合いできて」
またしっかりとベーグルサンドを咀嚼してから飲み込んだ天才が、何の害もなさそうな顔でさりげなく黒い返事をするものだから、
「こそこそ陰謀はしているんだな、不二」
乾が突っ込みたくなるのも道理だった。それはもちろん陰謀くらいするよ、と返す不二はやはり笑顔で、その顔だけ見ていれば人畜無害そうなのだけれど、なんだかもう存在自体が有害指定されそうな勢いになってきた、と菊丸は思った。
「冷静になれ、不二」
真剣に呼びかけた菊丸に、呼びかけるまでもなく冷静に見えていた不二がちょっと俯いた。
「僕はとても冷静だと思うよ。そりゃ、手塚から告白されてちょっと舞い上がっているかもしれないけど。英二こそ、お昼食べたら? 午後の授業始まっちゃうよ?」
舞い上がっている、という状態なのかこれが。そう思ったのは菊丸だけではない。乾の手がまたもや高速で動き、ノートになにやら書き込んでいる。少し俯いて午後の授業の話なんて持ち出したのは、ちょっとした照れ隠しということか。そんな心配しなくても、おそらく職員室も壊滅だろう、と菊丸と乾は視線を合わせて頷いた。正気を保っている先生が何人いるだろう。だって、”あの手塚”と”あの不二”がこんな騒ぎを起こすなんて。授業なんかやっている場合じゃない。
「そもそも、手塚は広報部に取材を受けている途中だっただろう? 何故突然、不二に告白する気になったんだ?」
まだマイクを保持していた乾が、もはや棒のように突っ立ていることしかできない広報部にかわってインタビューを続ける意思を見せた。原因が分かれば、この混乱も少しはマシになるのだろうかという甘い希望にすがりつきたかった青学の生徒達は、乾の続けるインタビューの内容に、また静かに耳を傾け始めた。
「二月のイベントと聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのが不二の誕生日だった」
弁当に入っていた出し巻き卵を咀嚼して飲み込んだ手塚も、インタビューが続く事に不満はないらしい。箸を一旦置いてから、乾の疑問に答えて言った。
「はぁ、ま、イベントといえばイベントかにゃ」
その人にとっては年に一回しかこないのだから、クリスマスやバレンタインと同じだ。
「俺は留学してしまうから、来年29日の本当の誕生日に皆と一緒に祝うことは多分できないだろう、とそう考えたら……」
「考えたら?」
先を促した不二の方をしっかと見据えて、手塚は短く言い切った。
「初めて留学を決めたことを後悔した」
「手塚……」
驚いたように不二が目を見開いた。菊丸や乾も思わず言葉を失ってしまう。”後悔”など、彼が口にすることがあるとは思ってもみなかった。それも最初から最後までを自分で決めた、留学のことで。
「最初はどうしてそんな風に感じるのか分からなかった。いままでだって、テニス部員同士で誕生日を祝うことはあったし、去年も不二の誕生日には三年のレギュラーでプレゼントをした。テニス部は引退したが、おそらく今年も同じように菊丸か大石が声をかけてきてプレゼントをするのだろう。来年も、四年ごとにようやくやってくる本当の誕生日だから、きっと盛大に祝うのだろうな。だが、俺はその場にはいられない」
訥々と語るその口調に後悔の色は見られなかった。けれど一年後のことに話が及ぶに至って、手塚は初めて視線を下げた。同時に声が一段と低くなる。
「俺はそれがとても悔しかった。悔しいと思うと同時に気づいたんだ。俺は不二の誕生日を祝いたかったのだということにな。それも皆と一緒ではなくて、本当は俺一人だけで」
その感情を抑えたことが分かる様子の手塚に、菊丸の顔に熱が集まる。
顔は怒っているようにしか見えないのに、なんだか凄い告白してるよ、コイツ。
ちらりと見ると、乾は平静な顔をしているが、向かいの不二は菊丸と同じように頬を林檎のように赤く染めている。
「ふむ、独占欲に目覚めたってことか?」
「独占欲……か。なるほど、どう表現していいかわからんでいたが、それが一番しっくりくるな」
突如意識した独占欲の現れが、この校内放送を使った電撃プロポーズテロにまで発展したということだろうか。手塚国光、スケールの大きすぎる男だ。彼がまともに暮らしていくには、おそらく地球の方が成長しなければならないのだろう。しかし遅すぎる地球の成長を待つつもりなど全くない手塚は、一時落としていた視線を上げたと思うと、ベーグルサンドを潰しそうな勢いで固まっていた不二の手を取り、ぐいと顔を近づけて吹っ切ったように強気な姿勢を示した。
「我が侭を承知で言うが、不二。誕生日の祝いはまだしも、バレンタインのチョコレートは、義理でも本命でも受け取るな。チョコレートが食べたければ俺が買ってやる」
不二はとられた手を振り払うなんてことはせず、ただ顔を真っ赤にしつつも上目遣いでちろりと微笑んだ。
「高級なチョコねだるかもよ?」
「……なんとかする」
この表情で強請られるなら、手塚だって本望だろうと菊丸は思う。何だかちょっと面白くないのは、親友をとられたように感じてしまっているせいだろうか。
「ん、分かった。バレンタインは、君以外からは何も受け取らない。だから、君も受け取らないでね。当日は、二人で何か買いに行こう?」
「あぁ、そうしよう」
ラブラブだね、と乾が心のこもらない声音でコメントし、マイクを広報部に投げ出した。珍しく投げやりな仕草だったが、菊丸にも乾の気持ちは十分分かる。色んな理由で認めたくはないが、これは冗談なんかじゃない。そして本気だからこそ、これ以上何をコメントしても後は馬に蹴られるだけだ。それも相当なじゃじゃ馬に。
もういい。説得とか、全部無駄。とにかくコロッケパン食い終わろ。
蹴られて首の骨を折るよりは、逃亡した方が身のためだ。そしてまるでやけ食いだな、とちらりと頭をかすめた考えごと飲み込むようにして、菊丸はコロッケパン(改)――コロッケを挟み直したため――に齧りついた。
データマンも救世主も事態の収拾を諦めてしまったことで、広報部は三年六組に立ち尽くしたまま途方にくれた。決着がついたようなつかないような。そんな状態で放送を切り上げてしまっていいのだろうか、と青柳が泣きそうになっていると、そもそもの取材対象である手塚が声をかけてきた。
「青柳」
「は、はい!」
元生徒会長のカリスマらしく、ここは最後に締めの一言をくれるのだろうか、と淡い期待を胸に青柳はマイクを手塚に向けた。
「そういうわけだ。俺は今年のバレンタインに、不二以外の誰かから、何かを受け取るつもりはない。物でも、気持ちでも」
どんな内容だろうと、最後の質問にはこれできちんと答えてくれたことになる。広報部としても、答えの内容にまで関知はできないのだから、これはこれでよしということにしよう、と青柳は考え、「ありがとうございました」と締めて逃げようと思ったのだがそうは問屋が卸さなかった。
「それから、せっかく放送しているようだから言わせてもらうが」
この前置きには興味をそそられたのか、マイクを構える青柳の視界の隅で、データマンがノートを開くために動いた。そしてほんの少しのざわめきも許されない雰囲気の中、手塚がすっと口角を上げた。
「これを聞いている誰でも、これから俺の恋人に告白するというなら、その心意気は買うぞ」
その場で手塚の表情が見られる位置にいた生徒は全員フリーズした。手塚が、あの手塚が笑ったのだ。それはそれは不敵な笑顔で、心意気どころか「そういう喧嘩ならどれだけ高くても買ってやるから全力でこい」くらいのことを含んでいるものだった。元部長、元生徒会長で留学もすでに決めている優等生手塚が、まさか卒業目前で同性との交際を宣言し、そのうえ喧嘩上等の挑発までやってのけるとは誰が想像できただろう。
そのにこやかとはいいがたい笑顔を直視し続けることができず、青柳は逃げるようにして当の”恋人”にマイクを向けた。
「ふ、不二君からは何か……」
急にマイクを向けられて、不二はしばしの間考え込むようにして頬に人差し指を当てた。先ほど手塚に手を握られて林檎のように顔を赤くしていたしおらしさはもうない。こちらはちょっと小悪魔めいた表情で口角を上げて、
「そうだな……。もし手塚の隣にいる自分を思い浮かべて、僕が手塚の隣に立つよりもよっぽど釣り合ってるって思える子がいたら、手塚に告白してみてもいいんじゃない? 僕は邪魔しないよ」
天災のような吹雪を呼ぶ天才。それは「僕以上に手塚と釣り合う人間なんて、女でも男でもいるわけないでしょ。告白なんて考える前に、ない脳みそフルに使って想像力出し尽くしなよ」という言葉と同義だった。小悪魔ではなく、悪魔。邪魔はしなくても恐ろしい制裁はされそうだ。
訊くんじゃなかった――!
青柳は引きつった顔でマイクを切った。その場で落とさなかったぶん褒めて欲しいくらいだが、おそらく悪魔の一言を放送してしまったクレームは明日から大量に持ち込まれることだろう。その時は言い訳ではなくはっきりと訴えるのだ。直近の被害者は自分だったのだ、と。
「予鈴か。結局昼を食べている時間はなかったな。……不二、放課後迎えにくる。一緒に帰ろう」
「うん」
凍り付いたすべての人間をよそに、二人は熱い視線でそれはそれは健全な約束をして午後の授業に望んだ。のだが、緊急の職員会議でもちろん午後の授業は自習。いつもなら手放しで喜ぶはずの生徒達も、うなされたように白昼の悪夢を消し去るべく自主勉強に励んだ。ちなみに、元テニス部副部長の大石秀一郎は、あのぶっ飛び放送を最後まで聞く事なく、胃痛で保健室に運ばれた。ダブルスのパートナーである菊丸が心配して保健室に様子を見に行ったところ、大石はベッドの上で相当うなされていて、菊丸は泣きながら大石を早退させた。
晴れて恋人になった手塚と不二は、昼の約束通り放課後になると二人で仲良く下校して行ったそうだ。その影を見送りながら、青学の全校生徒教員が、これはすべて夢で、明日になれば集団で同じ悪夢を見ていたことに気づいて、笑い話にできるだろうと思っていた。だがそんな考えこそが笑い話。翌朝二人そろって登校する手塚国光と不二周助の大変仲睦まじい様子を見て、学校閉鎖が危ぶまれるほどの人数が校門前で自宅へ向かってUターンした。